2014/11/15

アリセプトが悲劇の始まり

アリセプトが悲劇の始まり

今から3年余り前、有料老人ホームで遭遇した出来事である。この出来事は今もって忘れることができないアリセプト被害の事例であり、アリセプト3、5、10mgの用法用量の規定を遵守したがために生じたことである。この事例は施設で毎日書き綴られる「サービス提供シート」(介護記録のこと)に、処方された薬剤名を看護師が記入してくれていたから分かった事実である。

入居者のKさんは「淑女」と呼ぶにふさわしい上品な人であった。 MCI(軽度認知障害)に相当するのであろうが、時々見守りしていればほとんど自立して生活できるレベルであった。それでもたまに、アルツハイマー型認知症(ATD)の初期を感じさせることもあったが、お世話する上で特段の障壁はなかった。(現在の私のピック病の知識を持ってしても、Kさんはピック病ではなく純然たるATDである。)

ある日、Kさんは医療連携先の医療機関でATDと診断されて、アリセプト5mgが処方された。受診には施設の職員ではなく、Kさんの家族が同行した。面会によく来るでもない家族が付き添ってKさんの最近の生活状況をきちんと話せる筈はない。書面で何か情報を伝えるくらいのことはしたであろうが、その辺のことは私には正確には分からない。

アリセプトが規定通りに増量されたことに間違いはないのだが、その増量過程と周辺症状の悪化具合を時系列できちんと示せるだけ正確に覚えていないので、実際にあったことを以下に列挙する(発生順ではない)。

 ・落ち着きがなくなり、多動となる(徘徊)。
 ・食行動の異常が目立つようになり、食べ物の入ったままの器を重ねる。
 ・食べ物を手掴みで食べる。お箸をまともに使えない。
 ・食べ物以外を口にする(異食)。

 ・廊下や部屋の床に放尿する。

 ・トイレ内では、便器ではなく床に放尿する。
 ・枕や掛け布団を便器に突っ込む。
 ・弄便する。その汚れた手で部屋や廊下の壁に触り、便汚染を拡げる。

 ・他人の部屋に勝手に入る。

 ・声かけに従わず怒り出す。
 ・裸のまま部屋から廊下に出てくる。

上記のようなことが立て続けに生じたのであるから、介護現場はたまったものではない。24時間見守りすることは当然ながら、本来ならば不必要なまでの見守りと異常行動による後始末の労役まで負うことになったのである。

5mg投与の時点で既に元気が良くなり過ぎて、「ちょっと効き過ぎかな・・・?」という漠然とした印象はあったのだが、Kさんの様子を見守るしかなかった。やがて、5から10mgと規定通りの増量が始まった。その結果、上述のような周辺症状が現れ、現場は散々迷惑を被ったのである。

あまりの酷さにみかねて、「アリセプトが多すぎる。平均的処方量の3.6mgで止めて欲しい」と、施設のケアマネージャーに助言してみたのだが、まったく聞き入れてはもらえなかった。そもそも、 「あの病院ではまともな治療などできないだろう」と私は思っていた。昔から、薬をたくさん出すということで有名な病院なのである。それを嫌って勤務医が退職して開業したという「業界裏話し」もある。

暫くの休薬期間があったかどうかは覚えていないが、アリセプトに代わってイクセロンパッチが処方された。これもまた、用法用量の規定通りの処方である。そして周辺症状の悪化もまた然りである。上記の状態が続いたのであるが、Kさんはまだ「自分はおかしくなった」という自覚もあってか、時折自分の異常な行動を自覚して悩んでいたフシもあった。

それから現在に到るまでKさんがどのような経過を辿り、どのような状態であるのか私は知らない。というのも、このエピソードがあって暫くのちに私はその有料老人ホームを辞めたからである。施設長(看護師)に言われた言葉が今も忘れられない。「そんなに認知症のことに興味があるなら、ここはあなたの居る職場ではない。医療機関に変わりなさい」と。

その有料老人ホームは全国に施設を展開する大手の企業なのであるが、近頃は「認知症対応に力を入れる」などと株主総会資料で謳っているのだから皮肉なものである。高齢者介護施設では、認知症に対応できる能力が求められるのは当然のことである。
認知症に対応できる能力とは、単に生活援助に留まらず、認知症の早期発見は言うまでもなく、進行抑制のためのリハビリである。しかしながら、現状の認知症医療レベルでは、施設側としては診断と処方薬の妥当性を評価して不適切な場合にはそれを指摘して是正させるだけの能力を持っておく必要もある。


薬はできるだけ使わない方が良いにきまってる。だから、本当に必要な薬をできるだけ少用量で最大限の効果が得られるようにしたいものである。上述の事例に登場したイクセロンパッチは、用法用量の追加に関する承認申請が出された(2014/11/05)。アリセプトのレビー小体型認知症への適用と同様、大丈夫なのだろうかと心配になる。