2014/12/27

認知症介護通信14/12/27

失敗は成功の元
J-ADNIという国内最大規模の認知症臨床研究において「データ改竄」だの「準備不足」だのという報道があり注目されていた。その調査報告書が提出された。【参照:調査報告書


調査報告書を読むと分かるが、「データ改竄」という以前の問題で、ただの準備不足だったということに尽きると思える。責任を問われている大学教授が気の毒という気もするが、責任者なので仕方ない。

この報告書に下図の指揮管理体系が掲載されている。報告書を読み、この図を見たとき、「あぁ~、これはデータベースシステム構築のプロジェクトの完遂は難しい!」と思った。データベースシステム自体は小規模の技術集団で制作されたであろうが、運用においては組織が多数の施設、団体や企業の大人数で構成されている上、研究助成金を出す組織が複数あり、複数年度にまたがっているからだ。
初期の設計段階で要望や意見を収集することは当然のことであるが、それを集約して「機能仕様書」というドキュメントに書き下すことは容易な作業ではないことは経験から解る。

システム構築ノウハウを持ち、取り扱うデータの特性を知り、最終的なシステム完成イメージを共有できる少人数で構成されたチームでなければ完成されないだろう。また、予算の出資者が複数であるところもプロジェクト推進の足枷だったことであろう。
データベースシステムの構築を請け負った会社のシステムエンジニア(SE)のご苦労が窺い知れる。また、プログラム作成に従事したプログラマーも同様である。
プロジェクトの失敗事例というものは世の中にいくつも存在する。治験データの改竄や特定の医薬品の効果が過大に評価されたということではないし、患者に実害が出たのでもない。今回のシステムは「プロトタイプでした」ということにして、次のバージョンでは成功させて欲しい。それが真の責任の取り方だと思う。


徘徊するアルツハイマー型認知症
徘徊する認知症といえばアルツハイマー型認知症(ATD)がその代表である。施設にHさんが、ショートステイで入所したのだが、初日からよく歩き回ることただでさえ忙しいのに、施設職員としては迷惑以外の何者でもない「お客様である」。

お客様なので滞在中に転んで怪我でもしたら大変だから、見守りのためHさんが行く先々に職員がついて回る。一見するとまったく無目的に歩き回っているようであるが、後からついていって様子を観察すると出口を探していることが分かる。居室や非常口などいたる所でドアを開けようとしている。ちなみに異食などの行為はないから助かる。

こういう時に、
 ・座ってゆっくり話しを聞く
 ・トイレに誘ってみる
 ・テレビを観せる
 ・お茶やお菓子を勧める
 ・気分転換に外へ連れ出す
などという場当たり的なことだけを考えてみても無駄であることもある。

HさんがATDであることはすでに分かっていたのだが、半端ではない徘徊ぶりが気になり、服用中の薬を調べてみた。アリセプト10mg、メマリー20mgの中核症状薬と、セロクエル、抑肝散の抑制系薬が処方されていた。薬の選択は良いが中核症状薬の量の多さに驚いた。「中核症状薬でエンジンをふかせておきながら、抑制系薬でブレーキをかけている」ようなものである。認知機能を改善させたいのであろうが、周辺症状が酷くなってしまっては介護者が困るだけである。

アリセプトとメマリーの組み合わせというのはあるが、それはいよいよ治療に難渋した時の最終手段のようなものである。Hさんは、ピック化することもレビー化することもない、どう見てもありふれたレベルのATDである。メマリーもアリセプトも減らすか、レミニール(またはリバスタッチ)に変更するという判断ができないのだろうか。(レセプトの問題があるのかもしれないが、もしそうであれば、増量規定のもたらした薬害である。)

処方した医師を調べてみると、認知症サポート医であった。認知症サポート医とは、「かかりつけ医への研修・助言をはじめ、地域の認知症に係る地域医療体制の中核的な役割を担う医師」(厚生労働省)のことらしい。

ショートステイの利用者は、認知症の地域医療のことを色々と教えてくれる貴重な情報源なのである。施設入所者どうかと言えば、やはり入所前の主治医の認知症治療能力を教えてくれる貴重な情報源であることに変わりない。

私はATDにはあまり関心がない。適切に治療できていれば、ちょっとした見守りと介助でなんとかなるものであるからだ。認知症だけが介護職者の関心事ではないが、レビー小体型認知症(DLB)、レビーピックコンプレックス(LPC)、前頭側頭型認知症(特にピック病)には関心を持ちショートステイ利用者を観ていると実に多くのことを教えてくれる。


原子力村と認知症医療村・・・ たぶん似たような癒着構造?
原子力発電の存続か廃止かという議論は前々からあったが、2011年3月11日の東日本大震災発生による福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故以降は大きな関心事となり活発に議論されるようになった。多重の安全対策を講じているから安全であるという「神話」が長い年月を経て形成されたのだが、その「安全神話」は崩壊したのである。
「原子力村」という言葉は随分昔から世の中に存在したが、インターネット社会の今日、その存在は簡単に知ることができるようになった。(参照「原子力村の住民一覧」)
詳しくはこのサイトなどでご覧いただくとして、原子力村や、安全神話の創造にみられる日本社会の病み(闇)は、認知症医療においても「認知症医療村」が存在するように思える。

認知症医療村・・・ たぶん、上図において電機メーカー、学会、業界団体などをそのまま認知症関連に置き換えても同等の構図ができあがるのではないだろうか。カネの流れで追ってみると分かり易い。
上図をカネの流れで見た場合、その原資は電気料金であるが、医療の場合は医療保険料と税金である。国民負担を強いるだけの村社会は日本の国力を衰退させる元凶以外の何者でもない。

電力の場合、地域独占企業であるから選択の余地がない。けれど、認知症医療の場合は選択肢はいくらでもある。認知症をちゃんと治してくれる医療機関を選べば良いのである。その「選択眼」を得るためには、インターネットで調べるか書籍で情報収集して勉強すれば良いのである。【参考資料:コウノメソッド2015コウノメソッド実践医

認知症医療に限ったことではなく他科の病気でも同様であるが、患者やその家族が適切な知識を持って医療機関を選択することが重要である。医療というサービスを適切に選択することで、質の悪いサービスしか提供できない医療機関は淘汰されていく。
認知症医療村を個人の力で直接潰すことはできないだろうが、適切な医療サービスを求めようとする「賢い消費者」としての行動の集合、あるいは趨勢は認知症医療を変える原動力になり得る、と思う。

2014/12/20

認知症介護通信14/12/20


ノーベル賞に輝く青色
ノーベル物理学賞を日本人3人が受賞し、その授与式が行われた(日本時間 12月11日)。日本人として嬉しいことであるが、物理学賞であることもまた嬉しい。赤崎先生は、お年が85歳(1929年生まれ)とご高齢であることもまた、長寿国日本を象徴しているかのようで、益々嬉しい。嬉しいことに溢れた2014年の12月なのである。

青色LEDとは、一体何なのか? ということはご興味があればインターネットでお調べいただくとして、簡単に言ってしまえば、「性質の異なる2つの物質(半導体)を接合して、電圧をかけると光を発する現象を生じる。その光の色は半導体の種類によって様々であり、青色に発光させることが困難とされてきた。赤崎先生等は窒化ガリウムという他の研究者が諦めていた材料にこだわり続けた結果、青色の発光に成功した」というのである。

物理現象は単一の場での現象に着目することより、異なる性質の界面や境界領域の場に着目した研究の方がおもしろかったりもする。だから、ダイオードの物理現象をエネルギーギャップ理論にまで遡ると更におもしろい。1980年代、私がの学生の頃には、そういう興味の尽きないおもしろいことが一杯あったが、今はもうやっていない。
そういうおもしろいことを、ここで書き連ねる程のことは勉強していないのでこのへんでおしまいにしたい。


どう考えてみても、認知症というのは医療と介護の間で翻弄されている、未だ決定的な対処・対応策が明確に示されていない「病気」なのだという思いを強く抱くのである。本当は、対処・対応策というのは既にほぼ確立されて、世の中に広く知られていないだけのことなのかもしれない。コウノメソッドのことである。
そういうことで下図を思いついた。

介護現場は、文学的事象で溢れている。「ばぁちゃん、ご飯を食べてくれて、ありがとう」「じぃちゃん、笑ってくれて、ありがとう」 本質的には、そういう世界でもある。
ところが、医学的事象すなわち、認知症の治療が不適切であったり、未治療であるが故に、医学と文学が混沌として荒れているのが現実なのである。

ご飯を食べない、食べているかと思えば茶碗をひっくり返す、お箸は1本、スプーンは反対、手掴みで食べる、隣人のお膳に手を出す・・・・ やりたい放題なのである。文学とはほど遠い世界がある。因みに、左記に挙げた症例は、どれも医学的にはピック病に多くみられる。

図中の左にあるのは、医療(緑)と介護(橙)の領域を示したものである。左端は、認知症だけにしか関心を持たずに研究なり治療をやっている方々である。うまく治療をやっていれば有難い存在であるが、うまく治療できていなければ結果責任を顧みることのない医師である。

右端は、介護現場(家庭、施設)に居て、介護だけで精一杯か認知症の治療については無関心か、「認知症は治せない」とあきらめている方々である。殆ど大多数の人が右端に位置するのであろうと思われる。

割合(比率)は別としていくらか内側に位置するのが、認知症とその治療方法と介護に関心を持っている方々である。自分が何処に位置するのか考えてみるのも良いかも知れない。医療従事者と介護従事者では立ち位置も視点も役割も異なるし、情報量も当然ながら異なる。
これら両者ができるだけ同等の認知症と治療に関する正しい知識を持って、対等に話しをできるようになれば、認知症の治療はうまくいくのである。

その結果、認知症患者は穏やかになり、社会適応能力と遂行機能をいくらかでも取り戻せるのである。「認知症は治せる」というのは、こういうことなのである。


認知症の「真実」

講談社から認知症の「真実」と題した本が出版された。いつも職場で観ていることが「真実」なので特別驚きはしなかった。臨場感があるとでもいうか、この本を読んでなんとも奇妙な気分になった。活字情報とインターネット情報と、実際に観ていることが重複しているのだから、これまでの普通の「読書家」としての経験だけではきちんと消化できない自分がいる。

私は文学に疎く、ノンフィクションしか読まない。柳田邦男氏の著した「マッハの恐怖」(1971年、フジ出版)を読んで以来ずっと航空機事故のことばかり追いかけてきた。事故の原因究明は勿論のこと、巨大なシステムに潜む「落とし穴」にまで踏み込んだ考察が性に合っていた。積み上げると1mを超える本を読んで、好奇心を満たしていた。今日ほどインターネットが普及していない時代のことである。

薬のせいで人格が破壊されたような人、家庭崩壊した人、不適切な入院で亡くなった人などを私も実際に見ている。認知症の人を第一人称とすれば、ライターである東田氏は第三人称なのだろうが、私はいつも認知症の方々の傍らにいる第二人称の存在なのである。
だから、「真実」の見方も受けとらえ方も深刻度が変わってくる。これは自然なことである。この本を読んで、まだきちんとアタマの中で整理できていないので、本の紹介と東田氏のインタビューをリンクさせていただくに留めたい。
 ・現代ビジネス2014年11月19日
 ・現代ビジネス2014年12月 1日
 現代ビジネス2014年12月17日

2014/12/13

認知症介護通信14/12/13

宇宙に行ったカメラ

月面着陸したとされるアポロ11号に搭載されていたカメラはハッセルブラッドであるが、その後の宇宙飛行にはニコンのカメラも搭載されている。カメラ市場は概ねニコンとキャノンが二分している。カメラオタクの間では、「ニコン党」vs「キャノン党」という構図で対峙してきた歴史がある。また、「報道のニコン、芸術のキャノン」という棲み分けもあったりする。一社独占市場ではなく、複数のメーカーが競争して優れた製品を世に出すということは良いことだ。
私は元々キャノン党であったが、ニコンに鞍替えした。
キャノンのカメラ製品は、NewF1を2台所有している。プロ御用達のカメラであるから1台でも十分なのだが、2台である。35mmと100mmの単焦点レンズをそれぞれのボディに着けたまま撮り歩くためである。
MF(マニュアルフォーカス)からAF(オートフォーカス)へと市場の趨勢が移り変わる頃、キャノンはマウントを変更したが、ニコンはマウントを変更することなく現在に至っている。マウントの変更は、既存のレンズ資産を使えなくなることであり、いわば「切り捨て」なのである。
ニコンというメーカーはユーザーを頑なに大切にする生真面目な会社である。だから、ユーザー切り捨てとも言えるマウントの変更はしなかった。

そういう会社の姿勢に惹かれて、3台目の購入となる一眼レフはNikon F5となった。これまた、プロ御用達のカメラである。NASAの要求仕様に応じてオイル類の変更だけであとは改造されることなく宇宙に行ったのである。
やがて、フィルムカメラはデジタルカメラ全盛の時代の波に流されて生産終了となった機種が多い。現在では、フィルムカメラは数える程の機種しか生産されていない。寂しいものである。

これらフィルム一眼レフに加えて、最近デジタルカメラのNikon Dfを購入した。ひと昔以
上前は休みの度に撮影のために遠出したものであるが、今は出かけることも殆どない。だから、Nikon Dfの出番は少ない。認知症の勉強で忙しいからではなく、出かける元気がなくなってきたのである。老化か?
「宝の持ち腐れ」にならないように、腕の筋トレとしてダンベルの代わりに活躍している私の愛機なのである。

名機と賞賛されるプロ御用達のカメラを所有することは、それ自体が贅沢な喜びであり自己満足である。認知症治療のプロである医師が読む専門書をただの介護士が何冊も読むことはどうであろうか? 
認知症は、医療と介護が密接に連携して相互に足りないところを補完し合うという社会システムで支えなければならない病気なのであると認識すれば、意義深いことである。



使うなと言うなら、一体どうしろと言うのか!?
「欧米に比べて・・・」という言葉は実に都合が良い。明治維新以降、我が国がお手本としてきた欧米諸国のやっていることに追従しておれば、とりあえず成長できたのだから。それは、鉄道、鉄鋼、造船などのことである。医療も同様なのかもしれないが、こと認知症医療に関しては、我が国が良かれ悪しかれ「先進国」なのであって、欧米に倣う必要はないかもしれない。
興奮などを抑える一方で副作用のリスクが問題視されている抗精神病薬が、平成20~22年に認知症患者の5人に1人に処方され、以前より処方割合がわずかに増えたことが、一般財団法人「医療経済研究機構」の調査で分かった。抗精神病薬は中枢神経に作用する薬で、複数の種類がある。認知症に伴う暴言や妄想などの行動・心理症状に使われるが、本来は適用外。処方割合が大幅に減っている欧米諸国に比べ、日本では薬に頼る傾向が残っていることが浮き彫りになった。
 認知症患者は死亡や転倒などのリスクが高まると指摘されており、厚生労働省が25年に発表したガイドラインでは
「基本的には使用しないという姿勢が必要」としている。(産経ニュースより転記引用)
使うなと言うのなら、一体どうしろと言うのであろうか? 代案をきちんと提示すべきである。「介護で何とかしなさい」とでも言いたいのであろうか? 
それならば、介護報酬を大幅に引き上げ民間企業か公務員並の賃金を支給して人並みの生活を保障し、介護現場に足りる人材(単なる人手ではない)を確保するように体制を整えるべきである。

更には、中核症状薬であるアリセプト(ドネペジル)、レミニール、メマリー、リバスタッチ/イクセロンタッチだけを規定された用法用量の通りに使いなさいとでも言いたいのであろうか? もしそうなのであれば、20世紀の我が国で起こった薬害事件以上の大規模な事態を招くことになるのではなかろうか。

実は、この事態は既に現実のこととなっている。ただ、被害者が高齢者であり、支える介護者もまた年齢がいっているため、声を大にして訴えるだけの力を持っていないことが多いだけのことである。
損得勘定で話しをするのは下世話なことではあるが、誰が損をするのかは言うまでもなく、患者とその家族である。一方、得をするのは製薬会社と、利権構造の中で恩恵を得る一部の人たちである。

一見すると見えてこない世の中の事象は、カネの流れで追いかけると見えてくるものである。いつの日にか被害者に対して、厚生労働大臣が最終的に政治的パフォーマンスで、「ごめんなさい」と陳謝して幕引きとするのだろうか。


コウノメソッドで理解する認知症[4]

認知症治療向けにシステム化されたパッケージである「コウノメソッド」で推奨される薬と健康補助食品(サプリメント)は、必ずしも河野医師が見つけ出したものとは限らない。例えば、
・抑肝散 東北大学の研究
・グルタチオン 実践医からの情報
・カプサイシンプラス 実践医からの情報 
・フェルラ酸(フェルガード、ANM176) 韓国の病院でのATDへの効果確認
などというように、河野医師による発見ではない。このことは、河野医師の著書やブログにも明記されている。

アリセプトをはじめとする抗認知症薬については、患者個々の症状を診て適切な処方量を探り出している。その数が他の医師に比べて圧倒的に多く(日本一)、30年余りの認知症治療経験に基づく経験則(職人技)が長けているのである。
抗認知症薬が登場した1999年以前はどうしていたのであろうか。グラマリールなどの抗精神薬を少量使って治療していたという。また、治療していた患者の脳の献体を受け病理検査ーCT画像読影ー症状の検証を勤務医時代に行っていた。

経験則や職人技というのは、なかなか「標準化」されにくい性質があるし、広く一般に受け入れられない側面がある。しかしながら、認知症の治療標準としてシステム化されたのであるから、無益な邪推を捨てて試してみる価値はある。

「コウノメソッド」という個人名を関した名称に反駁する向きがあるとすれば、それは枝葉末節のことであり、患者と家族の存在を無視した意味のないことである。
日本人はとかく日本人名を冠した名称にアレルギーを持つ国民性があるのかもしれない。例えば、レビー小体型認知症のレビー小体と認知症の関係を明らかにしたのは、小坂医師であることが知られている。その功績を尊重する意味では、「小坂型認知症」と称しても差し支えないのである。

【参考資料】
 ・レビー小体型認知症 即効治療マニュアル 改訂版 フジメディカル出版

2014/12/06

認知症介護通信14/12/06

古くてもいいのです

真空管は現在のように半導体が主流になる以前に活躍したデバイスである。今では懐かし
い響きのあるレトロな言葉となってしまったが、知らない人も多いのではなかろうか。
私が子どものころには、まだ真空管がテレビやラジオで使われていたので実に馴染み深い。テレビの中を覗いてみると無数の真空管があり、ほのかなオレンジ色の光を発していた。電極を温めて電子を放出させるヒーター(フィラメント)の発する光である。

それがトランジスタ式のテレビやラジオに取って代わり、真空管式テレビやラジオは廃棄されることとなった。だから、ウチのテレビだけでなく電器屋からもらった何台ものテレビを分解して遊んだものである。分解の方が多かったが、テレビジョン技術の本を見て修理もやった。ヒーターが壊れてオレンジ色に発光しない真空管を見つけて取り替えれば、大抵の場合修理できたのである。

コウノメソッド2015年版に、「古い薬価の安い薬でも推奨する。古い薬のほうが副作用情報が完璧に揃っている。真空管でもよいから使い続けるソユーズ宇宙船と同じである」と記されていて思わず笑ってしまった。

確かに真空管が使われているのだが、民生用のガラス管式の真空管と同じ種類かと思いきや、実はメタル管なのである。ガラスではなく金属製の筐体なのである。専らメタル管は軍事用なので、一般に見ることはなく私も見たことはない(話しだけは知っていた)。ユニパルス真空管展示室 参照

ウィンタミン(クロルプロマジン)は1952年に登場した古い薬なのだから、いわば真空管のような存在である。認知症の周辺症状に効果があるということで半世紀の時を超えて注目されるが、真空管は「音が良くて、丸みや暖かみがある」として現在もなお愛され続けているのである。
どこか共通する似て非なるもの・・・、いやいや似てない。まったく違うものだ。


コウノメソッドで理解する認知症[3]

薬物を使わずに済むのであればそれに越したことはない。だれでも思うことである。しかし、認知症の激しい(あるいは迷惑な)周辺症状には薬物療法で抑えるより手はないだろう。認知症患者を介護する者が倒れてしまっては、認知症患者は暮らしていけなくなってしまう。だから、そのような事態にならないことを防ぐ。これが保護者優先主義なのである。


ただ、前々から気になっていたFDA(Food and Drug Administration、アメリカ食品医薬局)の警告が気になっていたので調べていたら、以下の記事が見つかった。2014年6月に開催された学会での発表を読売新聞が記事にしている。

認知症高齢者に、統合失調症などに用いる抗精神病薬を使う場合、飲み始めから3~6か月の間は、死亡リスクが飲まない人の2倍に高まる、との調査結果を日本老年精神医学会がまとめた。13日、都内で開かれる同学会で発表する。
抗精神病薬については、米食品医薬品局(FDA)が2005年、認知症患者に使うと死亡リスクが1・6倍高まると警告した。しかし医療現場では、激しい興奮や暴力などの症状を抑えるために用いられることが珍しくない。 
このため、同学会は12~13年、全国の約360医療機関で診療を受ける認知症高齢者(平均82歳)で、抗精神病薬を使う約5000人と使わない約5000人を登録。半年間追跡し、死亡率などを調査した。
その結果、使う群と使わない群全体の比較では、死亡リスクに差はなかった。
しかし、抗精神病薬を飲み始めたばかりの約450人を抽出すると、開始11~24週(3~6か月)の間の死亡率は3・7%で飲まない人の1・9%より高く、死亡リスクは2倍に上った。開始10週(約2か月)までは差がなかった。2014613 読売新聞より転記引用

調査・統計というのは、常に「数字のトリック」が潜んでいることがあるので、どう解釈するかはその人のインテリジェンスによるところでもある。私にはインテリジェンスがないからあまりよく分からない。だから、上の記事の数字をどう解釈したらいいのかも分からない。
ここでは登場しないが、同様の調査でアリセプトの用法用量規定と作用・副作用の関係も示して欲しいものである。

コウノメソッドでは、安全領域として副作用を最小限にする抗精神薬の種類と処方量が決められている。薬は服用せずに済むのであればそれに超したことはない。服用するにしても、できるだけ少ない種類と用量に抑えたい。だから、
 ・少量で開始し、緩やかに増量する
 ・薬剤用量は若年者より少なくする
 ・薬効を短期間で評価する
 ・服薬方法を簡易にする
 ・多剤服用を避ける
 ・服用コンプライアンス(アドヒアラアンス)を確認する

とするガイドラインに沿った薬物療法であると言える。(上記青色表記は、認知症疾患治療ガイドライン、日本神経学会編 より転記引用)


いまさら聞けないドクターコウノ。私はまだ河野先生にお会いしたことがないし、セミナーに参加して直接お話しを聴いたこともない。一般向けの書籍や医師向けの専門書を読ん
で、セミナーのビデオ(一般向けに公開されていない)をくり返し観て聴いて、コウノメソッドを軸にして認知症を学んでいるだけである。
だから、個人的にどうのということを書く資格はないし、そのつもりもない。

公になっていることから転記引用させていただく(以下、青色字は新著:「医者を選べば認知症は良くなる!」(東洋経済新報社) より転記引用)。




河野和彦(こうの かずひこ)
 医師、名古屋フォレストクリニック院長名古屋フォレストクリニック院長。医学博士。日本内科学会認定内科医、日本老年医学会認定老年病専門医・代議員、日本老年精神医学会専門医、IPA(International Psychogeriatric Association)会員。
 1958年生まれ。82年、近畿大学医学部卒業、88年、名古屋大学大学院博士課程修了(医学博士)。名古屋大学医学部老年科講師、愛知厚生連海南病院老年科部長、共和病院老年科部長を経て、2009年に名古屋フォレストクリニックを開院。2011年、読売新聞「病院の実力」認知症編で「初診者数日本一」と報道された。
30年以上にわたる経験をもとに、認知症の新しい治療体系「コウノメソッド」を確立。現在では全国で200以上(増加中)の医療機関がコウノメソッドを実践し、7割以上という高い症状の改善率を誇る。

著書は『コウノメソッドでみる認知症治療』『コウノメソッドでみる認知症処方セレクション』(ともに日本医事新報社)ほか多数。
「認知症治療学」という系統立てて整理された治療論というものは存在しない。だから、研究のための研究でもなく、論文のための基礎研究や臨床研究でもなく、認知症患者とその家族を救うための認知症治療の方法論の確立が求められる。所謂、認知症治療のシステム化、あるいはパッケージ化である。

そのシステム化された認知症治療パッケージが「コウノメソッド」である。システム化は、およそ30年来の臨床経験において患者から学んだ認知症と薬物の関係が集約されている。パッケージの名称はコウノメソッドと命名されたのだが、当初は「名古屋メソッド」とも考えたようであるが地名を用いるとその地域の医療機関に迷惑が及ぶとまずいと思ったので、河野医師自らが責任を持つとの意思から自分の名前を冠したという。
自分の名を冠した治療方法を公開するのであるから、当然勇気と決断の要る行動である。功名心や自己顕示欲を満たすために軽々に命名したのではない。

【参考資料】
 ・第4回 認知症サプリメント研究会 特別講演 2011/03/19
 ・医者は認知症を「治せる」 廣済堂 2014/09/25 第1版第2刷 
 ・医者を選べば認知症は良くなる! 東洋経済新報社 

2014/12/04

コウノメソッドでみる認知症Q&A

「コウノメソッドでみる認知症Q&A」(日本医事新報社)が発行された。前著「コウノメソッドでみる認知症診療」、「コウノメソッドでみる認知症処方セレクション」に続く第三弾である。これら前2作を読んでいた私には、それで十分だと思っていた。

何故なら、私は医師ではないのだから直接的に治療に関わる訳でもなく、従ってコウノメソッドを学んで介護現場で認知症を鑑別するに十分なだけの知識は既に身につけていると思っていたからである。

本書を手にするまでは、タイトルに「Q&A」と冠せられているのだから、単に質問と回答の羅列集なのだろうと思っていた。
しかし、その予想は、本書を手にしてパラパラとページをめくり、「はじめに」を読んだだけで覆された。

第3弾となる「コウノメソッドでみる認知症Q&A」では、これまでに主にコウノメソッド実践医から受けた実際の質問をベースにして筆者が答える形式で、筆者がどのような思考回路のもとに、複雑な処方を瞬時に考え出しているのかといった処方理論などを隠さずに公表しようとするものです。(「はじめに」より引用)

データ(data)の集積と羅列は単なる情報(information)になることはあっても、それが真に有益なこととして活用できるとは限らない。インテリジェンス(intelligence)という情報にまで進化させることができるかどうかは、そこに確固たる哲学に基づく思考が貫かれているか否かによるものである。

洗練された最終結果に到るまでのプロセスは、公式を導き出す証明の手順に似ている。思考過程を追って手順を踏むということは、理解を助けてくれるしより一層理解を深めてくれる。第3弾「コウノメソッドでみる認知症Q&A」は、そういうインテリジェンスを随所に盛り込んだ本なのである。


以下、「はじめに」より転記引用
医学書には3つのタイプがあるのだろうと思います。

1つは疾患の発見から定義,分類までもれなく書かれてあり,医師として一度は通読しておかなければならないタイプの本です。これは医学生のときに読まなければならないものでしょう。筆者の個人的な感想を述べれば,このタイプの本(いわゆる成書)は,定義や分類のあとに書かれている治療の内容が浅いことが少なくなく,そこからは時に患者や医師を突き放すような冷酷さを感じます。

多くの非専門医は,薬剤の一般名を書かれてもピンとこないし,具体的な用量が書かれていないとすぐには利用できません。また「〜という試みがなされている」とか「治療法はない」などと書かれても,患者は一向に助かりません。実地医家がその本を読む価値とはいったい何でしょうか。一般教養でしょうか。

2つめのタイプは,百科事典のように,通読はしないけれども困ったときに短時間で疑問に思った事項や医学用語がわかるというものです。これはいかなる臨床医も1冊は手元に置いておきたいもの,必要なものでしょう。また医学的な原稿を執筆する者にとってもかかせない基幹知識となるものでしょう。

3つめは,世の中が一番必要としている本,つまり治療法に関する医学書です。言うまでもなく,医療の目的は診断ではなく治療です。治療という目的がなく行われる診断過程があるとすれば,それは医療費や患者の貴重な時間を浪費するだけのものです。
基礎研究に携わる研究者が病理診断の究極的な議論を続けるのは大切なことですが,その議論を臨床に結び付け,なおかつ治療に直結させる仕事をしている医師が少なすぎるように感じます。

筆者は,その仕事をしている途上にあります。すなわち,現時点で治療法の決定に役立たない鑑別診断(たとえば異常蛋白の分類)はいったん横に置き,病理脳から波及してくる患者の症状(output)を分類して,それにリンクした処方セットを推奨するという仕事です。症状に対して処方すべき薬剤を明確に示すことで,画像機器なしで,実地医家も現場でパニックに陥ることなく,スムーズに第一選択薬が何かがわかるようになります。しかも,その選択が高い改善率を生み出すことは,筆者が既に数万人の患者で確認しています。

新薬が出ると,その効能が大いにアピールされますが,その後深刻な副作用が知られてトーンダウンすることも多々あります。従来薬にも良薬は多く存在します。副作用の強さを考えると,むしろ古くからある薬のほうが安心して使えるといった場合もあるでしょう。
処方経験数が増えると,新薬の“メッキの剝がれ”がよく見えてきます。新薬開発では,偶然化合された物質を動物に投与して,偶然見出した作用を効果・効能とする場合も少なくありません。当然,合わない患者も現れます。

筆者の認知症薬物療法マニュアル「コウノメソッド」は,
1.確固たる処方哲学,
2.各病態,各疾患における推奨順の薬剤処方公表,
3.簡便な診断ツール,
からなっています。

1.処方哲学は,介護者を楽にする処方が最優先されること(介護者優先主義),副作用の予防(家庭天秤法:抑制系薬剤の服用量は介護者が調整する),健康補助食品の活用の三本柱からなっています。

2.学会などの団体が作成する薬物治療ガイドラインは,具体性に乏しく,また必ずしも改善率が高くないもの,副作用が少なくないものが推奨されていることがあります。また,具体的な用量が書かれていない場合,経験患者数の多い臨床医には,アンダーラインを引く箇所すら見つけられません。

推奨の根拠となる参考文献が山のように掲げられていても,自分の患者には合わないということをよく経験します。用量が記載されていないガイドラインは,医師の裁量を認める一方で,現場では使い物にならないのです。

3.コウノメソッドは,漢方医学のように対症療法的な薬剤選定を行いますが,一方で患者の鑑別診断もある程度できたほうが,より改善率の高い処方を選択できるため,CTなどの画像機器なしでも大方の鑑別ができるツール(レビースコア,ピックスコアなど)を考案してきました。

現在,全国にコウノメソッド実践医(コウノメソッドに従って認知症診療を行う医師)がおり,処方について迷う症例がある場合などには,筆者が相談を受け付けていますが,改訂長谷川式スケール,ピックスコア,レビースコアの3つの得点を報告してもらうことで,患者の様子が手に取るようにわかります。

患者を実際に診なくても容易に診断ができ,処方方針を決めることができるのです。それほど充実した診断ツールであると言えます。ちなみに筆者は,実践医からメールで質問を受けたら,3時間以内に的確な処方案を回答しています。

日本医事新報社の拙著第1弾『コウノメソッドでみる認知症診療』は,筆者が久々に認知症総説としてまとめた1冊で,多くの方から支持され,「感銘を受けた」といった感想を頂くなど,ロングセラーとなりました。
おそらく読者には,行間からにじみ出る「あきらめない姿勢」「認知症は“治せる”という絶対的自信」を感じとって頂けたのだと思います。

第2弾『コウノメソッドでみる認知症処方セレクション』は,認知症が改善するはずがないと考える医師に対して,挑戦するような気持ちで執筆したものです。そして,そこに示す改善時の処方はあくまでも具体的です。
見落としてほしくないことは,前医の処方が問題となっていることが多いという現実です。

第3弾となる本書は,これまでに主にコウノメソッド実践医から受けた実際の質問をベースにして筆者が答える形式で,筆者がどのような思考回路のもとに,複雑な処方を瞬時に考え出しているのかといった処方理論などを隠さずにすべて公表しようとするものです。

筆者の31年間にわたる認知症診療の経験を,認知症急増の危機的時代において,短時間で読者に伝授しなければならないという使命感で本書執筆に取り組みました。Q&A形式ですから気楽にお読み頂ければと思います。