2015/05/30

認知症学のススメ (1)

このブログの更新を「不定期便」に変えて、あれこれと文献を読み漁る日々、やはり「情報処理」と「情報編集」という2つのプロセスから成る思考概念の重要性が少しばかり分かりました。

「情報処理」は入力です。ただひたすら読む、読む、読む。そして分からないこと、もっと知りたいことがあったら、更に何か探して理解を深めるのです。

「情報編集」は何かの目的のために、「情報処理」の過程で積み重ねた情報を加工・編集してまとめ上げることです。まとめ上げてカタチにすることが出力です。[入力]<[出力]というようなことは余程の才能ある人でない限りできるこよではありませんから、「情報編集」で大きな出力を出すためには「情報処理」で多くの入力を与えておくことが必要となります。


1冊の本を何度も読み返して理解を深めたとしても、それですべてが満たされることはありません。ひとりの著者の著した何冊の本を読んでも同様です。更に詳しく、また幅広く理解を深めるためには、関連する書籍・雑誌を数多く読んでいく必要があります。ただし、そうそう書籍・雑誌を購入することはできませんから、インターネットを活用することが簡便で経済的です(インターネットの無かった時代、本屋で本を買い漁るか、図書館で本を借りていた)。


情報処理で、インターネットだけに頼る学習でよいのかというと、やはり疑問であり不安でもあります。学習の中心となる「教科書」が必要です。その教科書として、次の5冊を礎にして進めるのが良いと思います。
 ・コウノメソッドでみる認知症診療、日本医事新報社、2012年10月17日
 ・コウノメソッドでみる認知症処方セレクション日本医事新報社、2013年11年22日
 ・コウノメソッドでみる認知症Q&A日本医事新報社、2014年12月5日
 ・レビー小体型認知症 [改訂版]フジメディカル出版、2014年12月5日
 ・ピック病の症状と治療フジメディカル出版、2013年5月31日

これだけで十分なのですが、更にもう1冊を加えておきたい。
 ・血管性認知症遂行機能と社会適応能力の障害、ワールドプランニング、2008年6月1日







2015/05/09

認知症介護通信15/05/09

オタク人のオタク的こころ
地デジ内蔵DVDプレイやが故障したので、「昔とった杵柄」とばかりに修理を試みました。IC(集積回路)やLSI(大規模集積回路)、個別部品の小型化に加え、益々高密度実装化が進み、修理は難しいと思いつつ本体のふたを開けてみました。

元々はこういう電子機器の分解や修理が趣味だったのですが、ここ数十年は遠ざかっています。ひとつには、製造技術が進み故障が少ないからです。それと、昔のように壊れた部品を取り替えるのではなく、基盤ごと取り替えて修理することが前提となっている現在、「修理」という考え方自体が変わってきているのです。

件のDVDプレイやの蓋を開けてみると、ホコリがいっぱい積もっていました。ブロアで丹念に吹き飛ばし、掃除機でホコリを吸い、基盤間を接続する配線を外しては取り付ける作業をやってみましたが、正常に動作することはありませんでした。残念ですが、できることはここまでなので、蓋を取り付けました。

昔は、ディスクリート(個別)部品の外観を観たり、テスタで電圧を測ったりして故障箇所を見つけ出せたものでした。技術の進歩は多大なメリットを消費者に与えている一方、「修理して使う」というある意味オタク的楽しみを奪っているのです。これはごく一部のオタクの道楽なので、どうでもいいようなことで、メリットを享受することの方が評価されればいいのです。
「昔はよかった・・・」 誰しも思う懐古主義が出始めましたので、もうオジサンですね。


認知症医療村の結論や如何に・・・
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」の案に関するパブリックコメント募集に対して、上に示したコメントがホームページに公開されると共にメールでも送られてきました。

多数の意見が出るのは高い関心の証しなのですから、少しの時間ではなくてじっくりと時間をかけて詳細に検討していただきたいものです。仮に1年かかったとしても、誰からも文句を言われることはないでしょう。但し、製薬会社からは、「急いで欲しい」と注文があるかもしれません。

かなり穿った見方なのですが、パブリックコメントの募集がただの自作自演のパフォーマンスではないかということ。電力会社の原発再稼働に向けた公聴会というのが、実は自作自演であって結論は再稼働に決まっているけれど、「一応市民の声もお聴きしておきます」という実態があります。
過去に実施された九州電力玄海原子力発電所の公聴会では、同社社員、関連協力会社社員もいて、「やらせ発言」が問題になったことがありました。私の知人である同社本店幹部も内情を知っていて、「アホらしい!」と吐き捨てておりました。

広く意見を聴いているのですから、「向精神薬使用反対派」・「抗認知症薬使用推進派」からの意見も当然あることでしょう。それはそれで構わないことなのですが、「始めに結論ありき」ということにはなっていないことに期待したい。

向精神薬を適切に使っていない特養、老健、あるいは認知症集中治療病棟を有する医療機関に出向き、1日でもいいので現場を体験してみることをお奨めします。何故なら、机上の論文には記述されないであろう、日々の過酷な介護現場にこそ真の認知症の実態があるのですから。

学会の活動にご意見を賜りますようよろしくお願い申し上げます」 はい、ただひとつ。製薬会社との癒着関係を絶ち、一般社団法人の学会として国民のために真に役立つ活動をしていただきたいものです。


ショートステイ利用中に病院受診した症例
とにかく迷惑なだけの(正直なところ、1日も早く出て行って欲しい)、ショートステイ利用のKさん(男性、前回の記事参照)は隣の病院で受診しました。それはそれで結構なことなのですが、受診の仕方が極めて稚拙です。
 ・前頭側頭型認知症(FTD)と診断されるに足りる情報をきちんと伝えられるのか疑問。
 ・その病院は前頭側頭葉変性症(FTLD)の診断能力なし、当然のことながら治療能力もなし。

医療連携などという形骸化したシステムでは太刀打ちできるはずもありません。加えてただの介護職者が医者よりも認知症に詳しくてはまずいですし、看護師よりもきちんと情報を握っていても困るのでしょう。事実、病院受診するからということで、私に事前の相談はありません。Kさんには抑肝散だけが出されているのですが、FTDにはあまり効果はありません。
因みに、このさんの症例からも、認知症のBPSDに抑肝散を第一選択肢として推奨するというガイドラインの稚拙さが窺い知れます。

このKさんには、ショートステイ利用前どこかで(持病治療の関係で2つの医療機関)、抑肝散が処方されていたようです。別の医療機関を受診した際に、「抑肝散は効かないようですから・・・」と気付いてグラマリールに切り替えることくらいできないものか? もっとも、グラマリールでは効果が小さいでしょうから、ウィンタミンが良いのですが。

もし私に相談があれば、的確な診断に足りる情報を整理して示すことができます。当然なことながら、最適な治療方法も教示することができます。職域を超越して、これをされてはまずいのでしょう。一体、何処を見て仕事をしているのやら。言うまでもなく、治療能力のない医師の顔(メンツ)でしょうけれど。

独断と偏見によるかなりの毒舌的批判

そりゃぁ~まぁ~、色々ありますわぁ~、色々と。
 ・褥瘡のことには神経質なくらいに気をつけていても、認知症の進行(悪化)には無頓着。
 ・下剤の調整はするけど、その他の薬はまったく調整しない看護師。医師の指示はないの?
 ・「これ以上の治療を望まない」と言いながらも、救急搬送を認める家族。
 
 ・施設に預けたら安心と誤解している家族。「施設を間違えなくてもばあちゃん、呆けます」。
 ・入所前の前医の診断と処方を踏襲する医療連携。ここから悲劇もまた踏襲されます。
 ・施設に義務付けられた「事故報告書」以上に、「誤診指摘報告書」もまた重要書類です。

 ・ちょっと声かけしていただけなのに、「そんな暇があるのなら・・・」と口を出す職員。
 ・体調変化の報告には耳を傾けても、BPSDの報告は知らぬ存ぜぬ。ただの勉強不足?
 ・「様子観察しましょう」と言っても、それに基づく適切な対処なし。

 ・入所者を直接診ない施設嘱託医。お忙しいのでしょうね。
 ・入所者の生活の様子を見ないケアマネージャ、何の仕事をしているのだろう?
 ・やたらと多い会議。出席しないから詳しくは知らないけれど、ある意味ラッキー!

 ・必要な消耗品すら満足に買ってもらえない。内部留保の確保が最優先なのでしょう。
 ・私が参考配布した「認知症治療研究会 プログラム・抄録集」(5冊)の反応、これ皆無!
 ・病院・老健・特養で患者をまわす、「顧客囲い込み」営業戦略? これ、手堅く儲かりまっせ!?

 ・私には絶対にお呼びがかからない、施設での「認知症勉強会」。大変なことになる?!
 ・積極的に開示されない服用薬リスト。諸般の事情で私には絶対に見せられないでしょう。
 ・最近、人員不足から生じてきた粗雑な介護。(私の介護も粗雑になってきました。反省。)

 ・最近激増している暴言的口癖(1) 「治療せい! いい病院紹介するから!」
 ・最近激増している暴言的口癖(2) 「いい薬ありまっせ。処方箋は私が代筆するから!」
 ・最近激増している暴言的口癖(3) 「認知症を治せない医者は介護現場を荒らす」

何処かしら、何故かしら、介護現場という所はおかしくて歪んでいるように思えてならないですね。もっとも私もオタク級に歪んでおりますけれど。
それでも、安易に迎合だけはしたくありませんね。


「生涯学べ(Live and learn)」と中学校の恩師は仰っていた

基本的には「楽しませてナンボ」の介護士なのですから、高齢者の排泄や食事など身のまわりのお世話をして、その日その日を恙なく(つつがなく)過ごせればいいのです。それでも、「医者じゃないあんたが認知症の勉強をするのは趣味!」と愚妻に言われながらも、認知症を学ぶ日々なのです。

ピック病の施設入所者を傍らに見守りしつつ昼食を摂りながら「ピック病の症状と治療」を読み終えたので、今度は「コウノメソッドでみる認知症Q&A」の再々読です。何回くり返し読むことだか? 最近、記憶力の衰えを強く感じるようになったのだから仕方ありません。

忘れる以上のスピードで覚えることによって身に付いたことだけが真の理解でしょう。また、もし忘れたとしても、「どの本の何処に書いてある」ということを覚えておき、必要なときに引っ張り出せればよいのです。

更には、できるだけ多くの論文を読むことです。分からないことや、更に詳しく知りたいことは、PDFファイル形式で公開されている論文(特に総説/概説と称して著されたもの)を読むことで理解を深めていけばいいのです。但し、「治療方法はない」とか、「非薬物療法で対応する」といったところは無視しておきます。

このブログを読んで、メールを下さったある人がこういう主旨のことをお書きになっていました。「コウノメソッドという希望に巡り逢えなかったら、介護を続けていく気にはならなかった」と。ある意味、これは認知症を深く理解している人であるからこそ言えることなのだろうと思います。残念なことに、認知症はまだまだその治療の歴史が浅くて、成熟しているとはお世辞にも言えません。医師の方々は大学で認知症教育を受けてはいないだろうと思います。私だって同じです。医師ではありませんから、当然なことです。

医師であろうと、コメディカルであろうと立場は違っていても、「認知症」という極めて限局的に対象を絞れば、スタートラインは同じなのです。そしてそのゴールは、認知症をなんとか治そうという医師とも同じなのです。認知症も診てはいるけれど治す気のない医師は、相手にすることも迎合するでもない別扱いです。

ただ社会的に迷惑なので批判して叩くだけです。叩くと言っても、よもやブログで病院名を公開する訳にも行きませんから、治療失敗症例を挙げるだけなのですが、「ブラックリスト」はあります(現在増える一方)。


「あなたの診断は間違っていますし、処方も適切ではありません」

と、見抜く者が徐々にではあるにせよ増えているということを医者は謙虚に受けとめるべきであり、強い危機感を持つべきなのです。何故なら、現状の治療能力のままでは、これから増加する一方の認知症患者に適切に対応できないことは火を見るよりも明らかなのですから。

 

接遇・声かけについて ・・・ 研修より
「職場内研修」というのがあります。たしか介護報酬の関係から実施するようになっているかと思います。不真面目なので、あまり熱心に聞いてはいませんけど。先頃実施された研修より・・・

頻繁にトイレに行く利用者に対して、どのように声をかけるか? という設問がありました。それを少人数のグループに分かれて議論するのですが、議論のあとの全体発表で出された意見は次のことでした
 ・好ましくない声かけ ・・・ さっき来たでしょ。またですか。
 ・好ましい声かけ ・・・ 今、トイレは一杯なので少しお待ちください。

介護というある意味「閉じた世界」では、「閉じた条件」の中でしか議論ができないようになっているようで、下記のことが欠落しているのです。
 ・認知症は適切に治療されているのかという疑問
 ・認知症のタイプに応じた対処方法を考慮する
 ・介護だけで何とかしようという頑なな姿勢への問題意識

実は頻繁にトイレに行きたがる人の大半は前頭側頭型認知症(FTD)なのです。仮に、FTDとまで言い切れなくても、前頭葉機能の低下に原因があるのです。だから、周りの状況など一切お構いなしに、「おしっこ、おしっこ!」と言うわけです。勿論、つい先ほどトイレに行ったばかりだということを忘れていることも一因です。アルツハイマー型認知症の人は異常なほど頻繁にトイレに行きたがることはありません。

私は、わざと「認知症が適切に治療されているのか考えることも必要」「認知症のタイプに応じた声かけの考慮が必要」と言ってみました。すると、「介護現場だけでの対応が大前提」との声が出ました。いやいや、そういう前提条件そのものが間違っていると指摘してはみたのですが、予想通り、同意されることも相手にされることもなく却下されました。

看護師も「声かけ、介護で・・・」と言うのですから、始末が悪いです。看護学校で認知症の「に」の字さえ教育を受けていないのでしょうが、それは私も同じです。


介護現場だけで、介護力だけでなんとかするという頑なな姿勢は通用しない

頻尿に対してはベシケア。FTDに対してはウィンタミン、リバスタッチ、レミニール。こういう治療があってもなおトイレに行きたがるようであれば、適切な声かけで対応する他にないのです。そういう思考ができない限り、いつまで経っても過剰なトイレ要求に従い続けることになるのです。


人の基本的欲求である排泄欲さえも十分に満たして差し上げられないことには、介護者として結構ストレスになるものです。かと言って、すべて対応するには人的・時間的に無理なのです。
それでもなお「声かけでの対応を!」と言うのですから、実はあまり意味のない研修となるのです。

あとになって数人の同僚に訊いたのですが、「発表したような声かけができるものか!」と、誰もが異口同音に言っておりました。皆さん、ホンネとタテマエを上手に使い分けている。



あの素晴しい愛をもう一度 
1971年に発表されたので、現在施設で暮らす入所者が40歳代のことになります。子育てに忙しくて、フォークソングを聴くゆとりもなかった時代なのでしょうか。こういう楽曲もレクレーションで皆一緒に歌って楽しく過ごせるようになりたいものです。
因みに、リリースされた時代は「素晴らしい」ではなくて、「素晴しい」と表記されていました。いつだったか忘れましたが、仮名遣い・送り仮名の改訂があったのでその影響でしょうか。


お知らせ
できるだけ毎週1回の定期的な更新を続けてきましたが、これからは不定期の更新となります。
ありがとうございます (^_^)Y
それにしても、約1年間でアクセス総数30,000回を突破するとは・・・ (2015/05/08) 
ご覧いただいている方々にお礼を申し上げます。

「いつまで続くことやら!?」って、まだまだ続くのですが、浅学無知なので少しばかりスローペースにして、「情報処理力」「情報編集力」充電です。

2015/05/02

認知症介護通信15/05/02

日本全国どこにでもある認知症医療の縮図

ある日、エレベータのドアが開き、新しくショートステイ利用のためデイルームに入ってきた人(Yさん、女性)を見て、「この人は前頭側頭型認知症(ピック病)だろう」と直感が働きました。何故そのように鑑別できるのかと言うと、「勘が働くからです」としか言いようがありません。

「ピック病の症状と治療」を何度も何度も繰り返し読んで、実際にピック病の人を何人もお世話をしているうちに、「勘」が身に付いてきたというより他にありません。勿論、CT画像を見ることもありません。

「勘が働く」とは、「この人、なんとなく妙な感じ!」という第一印象のようなものです。

 ・明るく愛想よく元気な感じ ・・・ アルツハイマー型認知症
 ・ボォ~とした感じ ・・・ レビー小体型認知症
 ・愛想も常識もなくどことなくヘンな感じ ・・・ 前頭側頭型認知症
というように大体のキャラクターで見分ければよいのです。

極めて大雑把なのですが、これで「仮鑑別」しておいて、確証を掴むべくお世話しながら言動をよく観ていくうちに分かってきます。但し、認知症は必ずしも各タイプがクリアカットされる訳ではなく、複合していることもありますからその点は注意が必要です。

Yさんは、前頭側頭型認知症にもかかわらずアルツハイマー型認知症と診断され、アリセプト(3mg)が処方されている、極めてお粗末で迷惑な症例です。あまりにもこういう症例が後を絶たないので、レセプトの関係から「本当は前頭側頭型認知症と診断してはいるのだけれど、書類上はアルツハイマー型認知症としている」のだろうと思ってしまう程なのです。Yさんの主治医(またあの病院か!)に対しては、そのようにとても好意的に解釈しておきましょう(かなりきつい皮肉です)

もうそろそろ、前頭側頭葉変性症(FTLD)についてしっかりと学んで、治療能力を習得していただきたいものです。この病院(老健も含む)から来た施設入所者とショートステイ利用者を調べると、前頭側頭葉変性症(FTLD)を的確に診断している率は0%なのです。一応CTも設備されているのに、お粗末なことです。

アルツハイマー型認知症よりも、前頭側頭型認知症のことを深く学ぶ意義は大きい
前頭側頭型認知症を診断できる医師は、アルツハイマー型認知症も診断できる

「治療してナンボ」の医者なのですから、アリセプトで陽性症状が極めて酷くなったので、アリセプトを中止するくらいのインテリジェンスはないのでしょうか。はっきり言って、ここまで酷いとそれはもう犯罪レベル(威力業務妨害罪)と非難されても、何も言い訳できないでしょう

なにしろ、このYさんの滞在期間は、施設職員(日勤帯と夜勤帯)は多大な迷惑とストレスを受けたのですから。施設の同僚職員は皆、「まいったぁ~!」と異口同音ストレスを受けて怒っておりました。そして、「家族は大変だろうね。でも、もう来るな!」と。日頃は温厚な私も怒り爆発で、「治療して来い! いい病院を紹介してやる!」と暴言吐きまくりでした(笑)
 

Yさんの症状は次のとおりです。
 ・語義失語はなく、こちらが言っていることは理解している。
 ・自分の意に添わないことには猛烈に逆上し屁理屈を並べて怒る。
 ・入浴を拒否して大暴れする(結局、職員4人がかりで入浴させた)。
 ・目的もなく、急に立ち上がり彷徨く。
 ・夜眠らず、他の入所者に声をかけて睡眠の邪魔をする。
 ・尿失禁して、ズボンと紙パンツを人前で脱ぎ出す。
 ・トイレに連れて行こうとすると、怒って抵抗する。

医者は、自分が安易(?)に処方したアリセプト(3mg)で、これだけ迷惑をかけているということを反省しなければならないのです。

正直なところ、ここまで陽性症状が酷いとは予想してはいなかったのですが、Yさんのショートステイ初日、勤務を終えた私は看護師に、Yさんはアルツハイマー型認知症ではなく、前頭側頭型認知症。アリセプトは合わないから、隣の病院に上申して服用を中止させて欲しい」と言ったのですが、一蹴されました。「私はそういうことはしません!」と。(やっぱり・・・ 実はこういう水面下でのバトルを3年以上も前からくり返している(泣))

何処を見て、何のために、誰のために仕事をしているのやら・・・!? 
やはり、下図のように認知症はフィードバックループから成る情報系をしっかりと組み入れたシステムで、組織一丸となって取り組まないとダメですね。

家庭ーかかりつけ医、有料老人ホーム、グループホーム、老健、特養と、認知症患者の居る場所(形態)は違っていても、上図のような「情報連携」ができなければ、とてもではありませんが医師単独の力量だけでは認知症は治せないのです。ある意味・・・、
・医者を信用するな、
・医者に治療を任せきりにするな、
・相互理解と協調の元、認知症はシステム総合力で治せ、
ということなのです。

どうも、このことが分かっていない人が多すぎるように思えるのです。これを「無責任体質」と言ってしまえばそれまでなのですが、そもそも適切な治療プロトコルを核とする「認知症教育」という基本が欠如していること自体にも問題があるのです(実は、私も「認知症教育」なるものをまったく受けたことがないのです)。
基本的に認知症教育というのは、認知症を熟知している治療経験の豊富な医師が講師役となって実施するのが最良の方法でしょう。実際には、まだまだそのような医師は少数というのが実情なのだと思われます。


真に役立つ認知症教育なし。あるのはお粗末な治療と、その後始末として不当な負担を強いられるだけの介護現場。その結果、「認知症は治らないのだから、仕方ない」というネガティブな認識の「刷り込み」だけが教育の成果として積み重ねられていく。認知症患者が哀れですが、看護・介護する職員もまた哀れなものです。

Yさんの症例で始末に悪いことがもうひとつあります。それは、Yさんはデイサービスではなく、デイケアも利用しているということです。デイケアには、専任の医師が常駐しており、他に理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護職員も居るのです。これらの職員は一体何をやっているのか、治療がおかしいことに気付いていないのか、気付いてはいるのだけれど医師に言えないのだろうか、という極めてシンプルな疑問です。

実は気付いてはいるのだけれど、「言うだけ無駄。だって、医者は認知症を治せないのだから」というのが実態であったりして・・・ 
これが日本全国、どこにでもある認知症医療と介護の現実でしょう。「でしょう」と控えめに言っているのは、日本全国の施設をまわって実態調査をした訳ではないから、そのように記しただけです。



たぶん医療も介護も基本的理念として掲げ、スタンスも目指すところも同じなのでしょう。医療のことも介護のことも、私はまじめに勉強したことがないので、字面を追ってそのまま解釈してるだけなのですが・・・
日本老年医学会が策定したガイドライン「高齢者に対する適切な医療提供の指針」に以下のような記述があります。「医療」を「介護」に置き換えると、目指すところも本質は同じはずです。



パブリックコメントを出しました

上記のようなとても迷惑な症例には度々遭遇しているので、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」に関するパブリックコメントの募集」(日本老年医学会)に対して以下のコメントを出しておきました。権威はおろか、肩書きも、発言力も何もない者なので、ちっとも役には立たない(現場の声は届かない)のでしょうが、それでも黙っている訳にもいきませんから。

  関連:認知症医療村はどう責任をとるのか(1)(2)


あるブログで私の書いたコメントに対して山岡先生がコメントをお書き下さいました。先生もこのブログをご高覧いただいているとのことなので、ここでお礼を述べさせていただきたいと思います。ある意味、認知症最前線の現場(特養)に居るからこそ伝えられる現実があります。

私は選挙に行きますが政治にはあまり関心がありません。専らの関心は、「今、目の前に居るばあちゃんの認知症を何とか治して欲しい」ということに尽きます。だから、組織上の正式ルートからも、水面下の非公式ルートからでも手を尽くして可能な限り働きかけるようにしています。これがまた、なかなか思うようにコトが運ばないのです。もう3年くらいの時間を費やしているのですが、やっと「コウノメソッド」、「フェルガード」の名前くらいは覚えて頂いた程度なのです。

上に挙げたパブリックコメントもまた現場から声をあげる、そのひとつです。思うようにコトが運ばないなんてこと、社会では日常茶飯のことですから、自分にできることを地道にやって行きたいと思っています。
また、そういう目的意識をしっかりと持っているからこそ、きつい割には報われることの少ない介護現場に立ち続けることができるのです。愚妻から「趣味だ!自己満足だ!」と揶揄されても(笑)。



遠慮して「自主規制」してしまってはダメですね。萎縮して正しいと信じることを言えないのもよくありませんね。古賀さんを見習いたい。