2015/06/22

認知症学のススメ (5)

認知症は治らない病気であると認識してしまうと、もうどうしようもありません。あきらめというネガティブな発想が根底にある限り、有効な手立てを講じると言えば、「介護力で何とかしましょう」ということになります。これは適切な対応方法のひとつではありますが、唯一の方法ではありません。
認知症は薬の力を最大限に得つつ、介護で支えるということが必要なのです。そのためには、認知症のことを治療の視点でもっと学ぶことが大切なのです。
インターネット社会の現在、真に有益な情報はマスメディアの映像媒体や活字媒体にだけ存在するとは限らず、インターネットにもあるものです。

そのひとつに、認知症を学ぶ会があります。その中にある掲示板を拝見して驚きました。
介護者も必死になって、認知症家族のために頑張っておられるのです。頑張ってと言っても、ただ単に介護するというのではなく、治療についても頑張って学んでおられるということです。

認知症をどうやって学んだらいいのだろうかということは常々考える日々なのですが、
 ・先ずは、概要をしっかりと把握して理解すること
 ・次に、少し掘り下げて詳しく理解すること
でしょう。全体感(全容)を掴んで詳細へと展開して行くことが重要ですが、これは何も認知症に限ったことではなく、あらゆる学問にも共通することです。
現在、広く散在する認知症のことを、コウノメソッドをコアとして認知症を学ぶという方法は手堅く、実用的(実践的)な方法だと思います。そういう意味で、「医者を選べば認知症は良くなる!」(河野和彦著、東洋経済新聞社刊、2014年)は最適な本だと思います。


それから更に少し掘り下げて詳しく理解するには、「コウノメソッドでみる認知症診療」(河野和彦著、日本医事新報社社刊、2012年)を読み進めれば良いのです。

はじめは分からない言葉(用語)がたくさん出てきますが、それは構いません。「初めて」なのですから、当然のことです。
「まえがき」から「あとがぎ」までと索引を、繰り返し何度も読んで覚えて用語に慣れるのがコツです。




コウノメソッドをコアとして認知症の何を学ぶのかというと、以下に示すように抑制系薬剤で周辺症状(BPSD)をコントロールすることです。医師ではない者もこのことをできるだけ詳しく知っておく必要があるのは、認知症患者の服用する薬の種類と量を介護者が様子を観ながら調整することが最良の匙加減であるからなのです。


コウノメソッド実践医岩田先生のブログより

テレビや新聞などマスコミで認知症のことが報じられ、アルツハイマー型認知症くらいはその名が世の中に浸透してきたと言えるでしょうか。おもな認知症のタイプを挙げると下図のようになります。

介護・看護の仕事に携わる者であれば、これらの認知症のタイプと各々の特徴はしっかりと覚えておきたいものです。「4大認知症」とされるのは、ATD、VaD、DLB、FTD(ピック病)です。
基本的には、認知症は単純明解に上図のように分類できるとは限らず、いくつかのタイプが複合していることもあります。本当にATDなのかDLBなのかは、認知症患者の死後脳を病理検査してみないと分からないのです。けれど、それでは何の意味もないので、症状をみて診断するしかないのです。CT画像で診断されることもあるのですが、それはあくまでも補助的な方法なのです。



これは極めて単純化した認知症の進行具合であり深刻度の概念(イメージ)です。グラフの左端は認知症発症年齢、右端は天寿まっとうの年齢として正規化しています。希かも知れませんが、どのタイプの認知症も同じ年齢で発症して同じ年齢で死亡するとして表しています。実際には、神経変性性の疾患があると、90歳前後が寿命のようです。

やはり、FTDが一番手のかかるタイプの認知症です。次にDLBですが、ピック化したタイプ(LPC)はDLBの中でも手がかかります。DLBには後頭葉の血流低下と前頭葉の萎縮があるのですが、前頭葉の萎縮が進行したタイプです。

ATDは比較的手のかからないタイプで、抗認知症薬(アリセプト、メマリー、レミニール、イクセロンパッチ/リバスタッチ)の興奮作用が出ない程度の服用であれば、穏やかに暮らせます。

AGDとSD-NFTはまだ解明が不十分な認知症なのですが、敢えて載せました。頻度は少ないようですが、他の認知症タイプでは説明しきれない認知症高齢者がいます。例えば、90歳とか100歳というのにアタマがしっかりしていて、「まぁ~ このおばあちゃん、なんてしっかりしておられるの!?」と感心してしまうような超高齢者です。きんさん、ぎんさん姉妹のような呆け方の人達がおそらくSD-NFTなのだろうと私は思っています。(勝手な推測です)

コウノメソッドマニュアル2015年版では、「85 歳以上では ATD はぐっと減り、病理学的には SD-NFT AGD が多いが臨床ではわ からない。あまりピックの萎縮がないのに、ピックらしさのある高齢者は AGD である。少 量のウインタミンがよい。」とされています。


施設介護に携わっていると、有料老人ホームでも特養でも、概ねどのタイプの認知症患者を見ることができます。デイサービスは在宅ですから、認知症の程度は比較的軽度のことが多いです。



私が認知症になっても

2015/06/19

認知症学のススメ (4)

「いま、私たちにできること」・・・それは、介護することだけで認知症を学ぶことではなく、治療すなわち薬のことも含めて学ぶこと。



認知症の薬には、アリセプト、メマリー、レミニール、リバスタッチ/イクセロンパッチの5つの製品があります。これらの薬には興奮作用があります。

副作用の一例として、「怒る」こととしてあげられています。これは介護上とても厄介なことなのです。「薬の飲み過ぎが原因の場合も」あると言っているのですが、飲み過ぎと感じていても医者は増量して処方しなければならないことになっているのです。一番の問題は、その規定にあるのです。

認知症患者の症状や体質に合わせて適量を処方するのではなくて、段階的に増量しなければならないことになっているのです。こういう規定のある薬は珍しいそうです。

認知症の症状が改善したから怒るのではなくて、つまり「副作用ではなくて症状が改善したため」と言っているのですが、それを効果というには無理があります。「作用」とみるか「副作用」とみるかは、人それぞれなのかもしれません。
ある意味、ことば・表現上のことのようにも感じるのですが、患者自身、家庭介護者、あるいは施設介護者が迷惑と思える作用は副作用なのです。 「認知症を学ぶ」というのは、ここで示したように投与された薬によって認知症患者の症状がどのように変わったのかということをよく観察することなのです。

それにしても、NHKがよくこんな誤解を招く内容の放送をしたもんだ!


2015/06/14

介護する人が賢くならんとアカン

長尾先生(長尾クリニック院長)が報道特集に登場しておられました。

3月、直接お話しするチャンスに恵まれました。とても気さくな第一印象の、偉い先生なのですが、ちっともエライような素振りを見せることもありませんでした。
やっぱり、「こんなヘンなことやってる医者おらへんやろな」と言っておられますが、極めてまともで誠実な人柄です。 

「介護する人が賢くならんとアカン」 たしかに仰るとおりだと思います。










現場感覚のある、こういう患者思いの医師がいる一方で・・・
抗認知症薬(一般名:ドネペジル、商品名:アリセプト)が初登場したのが1999年のことなのですから、認知症治療が本格化(?)してから16年ということになります。薬には当然のことながら期待する作用がある反面、望まない副作用があります。

その副作用のひとつである「怒る」(易怒性)は、「副作用ではなく症状が改善したため」なのだそうです。そして、原因のひとつとして考えられることに、「薬の飲み過ぎが原因の場合もあるのだそうです。
なんだか国会答弁を聞いているような、歯切れの悪い腑に落ちない説明を聞いているうちに気分が悪くなって、こちらの方が怒ってしまいました! 
実際のところ、「飲ませ過ぎ」とならざるを得ない規定がこの薬には設定されているのです。

「薬のことは主治医に相談しましょう」と、当たり前のことを言っているのですが、相談する相手がちゃんと理解しているのかということも問題なのです。

相談できる医師を学会主導でちゃんと指導しないといけません。製薬会社主導ではダメです。どうしても製薬会社主導でないとダメならば、「○○製薬会社のご厚意により謹呈致します」として、この本を会員に配布するのもいいかもしれません。

【注記】ある認知症関連の学会では会員宛に、「製薬会社からのご厚意」として寄付された学会機関誌臨時増刊号が年に数回送られて来るのです。その臨時増刊号では、抗認知症薬の特集が組まれており、それなりに勉強になります。当然のことながら、用法用量の規定以下で投与した方が良いとか、副作用のことが大きく取り上げられることはないのです。

だから、介護する人が賢くならんとアカンのです。

2015/06/08

認知症学のススメ (3)

介護報酬が減額された影響か、ただ単に募集しても人が集まらないだけなのか知らないけれど、以前は3人で介護業務を遂行していたところを2人(時々3人)でやり繰りする日々・・・ 疲れますわぁ~!
過去1年余りを振り返ってみると、10名くらいの人が離職しております。何処も同じ、介護業界は定着率の良くない業種ですね。数量だけではなく、質もまた良好とは言い難い「サービス業」なのです。
サービス業なのですから、できる限り質の良いサービスを提供したいもの。

認知症患者を支える基本である「家庭介護」ができなくなると、家族が離ればなれに暮らさざるを得なくなります。家庭介護の崩壊です。おとなしいタイプの周辺症状であれば何とか家庭で世話を続けることもできるでしょうが、易怒・暴言・暴力などの陽性症状があるともうお手上げ状態です。

こういう認知症患者が施設に入所して来ると、介護現場は大変なのです。だから、施設によっては面接時に集団生活が無理と判断すれば、入所を断る場合もあります。それで、行き場のないまま入所受け入れ先が見つかるまでショートステイで繋ぐ人もいます。

ショートステイでつなぎ、入所できたからといって安泰ではありません。特段の治療を受けるでもなく入所したのですから、症状が変わるわけでもなく陽性症状(易怒、暴言、暴力)は続くのです。始末に悪いのは、何かの病気で入院することになったら、その入院先でも看護に手を余してナースステーションで24時間監視するというようなことも生じるのです。こうなると、「医療連携」における負の連鎖の始まりです。

実はこういう事態になることは、施設としてはとても恥ずべきことなのです。「まぁ~、こんな状態でよく看ておられる、大変ですね」と同情されるのではなくて、「こんな状態になるまで、よくほったらかしにできますね!」と批判されて然るべきことなのです。

結局のところ、介護費も医療費も有効に使われるでなく、無駄な介護費と医療費が積み重ねられるだけで、国に多額の支出を負担させることになるのです。その推定金額、年間14.5兆円! ある意味、認知症への無関心と無責任、不勉強が相乗して生み出した支出とも言えます。




20136月に厚生労働省から発表された「認知症有病率等調査」の結果は「高齢者の約15%,推計462万人」というものであり,驚かれた方も多いと思われる.
 それに比して,201312月時点の日本認知症学会の認知症認定専門医は840日本老年精神医学会の高齢者のこころの病と認知症に関する認定専門医は880であり,合計1,720名に過ぎない.そして,この一部は重複するため,実際には1,500名程度であろう.これは,専門医1人につき3,000人あまりの認知症患者を担当する計算になる.また,これとは別に軽度認知障害(MCI)の人が約400万人いると推計されてい
る.これを含めると,専門医1人につき5,700人あまりを担当しなくてはならない.仮に1人の専門医が月曜日から金曜日まで毎日10人の新患を診たとしても,全員を診るのに2年以上かかる計算になり,現実には不可能な数字である.したがって,今後は「かかりつけ医」,「認知症サポート医」が果たす役割が極めて重要になる.診断や治療・ケアがむずかしい症例は専門医に委ねるとしても,典型的な症例や診断・治療が容易な症例は始めからかかりつけ医,サポート医に委ねられる.また,専門医が診断した患者の日常診療を受けもつことも期待される.  かかりつけ医のための認知症診療テキスト: 実践と基礎 著者: 田平武 発行: 診断と治療社 より転記引用

認知症を診てもらえる医師は少ないのが実情です。一応、「専門医」ということになっている医師は、約1,500人というのですから驚きです。
実際問題、学会認定医だからといって、治療を任せきりでいいのかと言うとそうではない実態があるのです。ある意味、「医者を信用するな」と思っておいた方が賢明なのです。
とは言うものの、「○○学会認定医」という言葉には弱いです。認知症以外の診療科目であれば、認定医を信頼してもよいのかも知れないですが、歴史の浅い認知症診療はハナシは別です。

「医者任せにしない」とか、「医者を信用するな」と言っても、医師と対峙することではなく、お互いに協力する「治療同盟」の関係を結べばよいのです。認知症の人を一番よく見ているのは医師ではなく、身近にいる介護者なのです。介護者がしっかりと認知症を学び、医師が診察時に的確に判断する情報を提供できるようになればよいのです。


認知症の陽性症状(手のかかる迷惑な症状)を適切に抑えることができれば、介護のストレスを減らすことができるのです。このような治療効果を手に入れて「楽しい介護現場」に変えるには、治療できる医師の存在は必要不可欠なことですが、同時に認知症を正しく学んでいる介護職員の存在もまた必要不可欠なのです。



経費節約のため、尿取りパッド1枚無駄にしない取り組み(排泄誘導の工夫)も大切なことなのですが、不必要・不適切に処方されている高価なアリセプトを中止させることの方が医療・介護経済のうえで重要なことなのです。

認知症の薬で、中核症状も周辺症状も同時に抑えることができる治療薬は存在しません。できるかぎり少ない種類の薬を、できる限り少ない副作用で、しかも安い薬代で、最大限の効果が得られるようにする必要があります。
「認知症の周辺症状には、非薬物療法で対応する」ということになっていますが、それは必ずしも現実的な方法ではありません。時間的・人員的要因で無理ですし、あまり効果的な方法とは言えません。やはり、薬による適切な治療が先なのです。

2015/06/04

認知症学のススメ (2)

「発展型」とか、「喜び創造型」とか、何かしら生産的要素を取り入れつつやっていかないと、認知症の勉強なんてとてもではありませんが長続きしませんヮァ~。なにしろ、私の場合、身近に誰か仲間を募って一緒にやっている訳ではなく、独りでコツコツとやっているのですから。


「全体像」を俯瞰して把握し、「詳細」へと展開していく。これが、たぶん正攻法なのでしょう。全体像と言っても、認知症そのものだけのこともあれば、認知症のBPSDへのケアだけのこともあるし、ただ漠然とした非薬物療法(ユマニチュードなど)だけのこともあります。「どれでもいいです」と言うのも正解なのでしょうが(絶対唯一という正解は存在しない)、認知症を薬物治療との視点で捉えた下記の本で「全体像」を俯瞰する方法をお勧めしたい。

  ■認知症医療の実態を知る
   認知症の「真実」 著者:東田勉、発行:講談社現代新書
  ■コウノメソッドを知る
   医者を選べば認知症は良くなる! 著者:河野和彦、発行:東洋経済新報社
  ■認知症在宅医療を知る
   認知症になったら真っ先に読む本 著者:岩田明、発行:現代書林


これで概ね、認知症の概要・全体像を掴むことができるだろうと思います。それはとりもなおさず、認知症は薬物療法と非薬物療法というクルマの両輪が相互に適切に回ってこそ初めて効率の良い認知症高齢者の介護がうまくいくことを意味しているのです。(注記:左記の本では、非薬物療法について書かれていません。)
ところが、認知症高齢者の介護というと、治療に関する知識・関心が希薄なため、
 ・治療はうまくいっていると勝手に思い込んでいる。
 ・治療正否に関わらず、介護でなんとかしようと頑なになっている。
 ・不適切な治療の横行を助長している。
というのが実情なのです。この悪しき構造を改めない限り、ただ疲弊するだけの介護から開放されることはなく、 社会全体では途方もない費用を国全体で賄い続けるだけの結果しか得られないのです。

日々の介護というのは、その日を恙なく(つつがなく)過ごせればいいのですが、施設で暮らす高齢者の中に陽性症状の酷い高齢者が居ると、もうそれだけで介護業務は疲弊感・ストレスを一層憎悪させます。あまりにも酷い場合、「ここはアンタが居る所ではない! 家に連れて帰ってもらい!」などと、暴言を吐きたくもなります。
これは明らかに本末転倒なことなのですが、正直なところそういう怒りも噴出します。
BPSDには、認知症患者本人の身になって対応しましょう・・・」などという教育が主流のようですが、実際のところそういう教育をやっている人が耐え難い陽性症状を声かけでおとなしくさせられるのでしょうか?
私ならば、「No!」です。声かけなどの対応を否定するつもりはありませんが、「Yes!」となるのはちゃんと治療を受けてからのことです。

年間1兆9000億円の医療費が認知症高齢者にかかっていると推計されているのですが、治療の成果がまともに得られないままに介護にツケが回ってきて介護費用6兆4000億円の負担を強いる一因となっているのであれば是正すべきです。


介護にかかる費用が6兆4000億円との推計が発表されました(2015/05/29)。年をとれば、人は誰でも他者の力を借りながら生きることは当然のことであります。迷惑をかけながら生きることとは本質的に違います。
介護に費用がかかるのは仕方ないこと。「労働集約型」である介護は、いわば人海戦術で対応しているのですから、できるだけ多くの予算をつけて欲しい。しかし、迷惑なだけの存在でしかない認知症高齢者は、医療できちんと治療して「遂行機能」と「社会適応能力」を回復させていただきたいものです。

「介護現場で何とかしよう」という頑なな姿勢は、職務熱心なことでも誠実な姿勢でもなく、ただの不勉強なのです。こういう頑なな姿勢が世の中の趨勢を占めているから、「認知症は治せない」ということにしておいた方が都合のよい人達だけが利益を得る構造が生まれ存在し続けるのです。