2016/01/26

臨床認知症学

「コウノメソッド流 臨床認知症学」を読みました。ある臨床医は数日のうちに一機に読んだと言い、また別の臨床医は小説のようだと言いっておられた。私はあたかもノベライズド・ノンフィクションを読むかの如く、結末がどうなるのかワクワクしながら読み進めました。
そして、読み始めから約3ヶ月後、辿り着いた本文最後p.510

最も大切な治療

最後になりますが、最も大切な治療は、患者と握手をすることだと筆者は考えています。

コウノメソッド流 臨床認知症学
名古屋フォレストクリニック院長  河野和彦   
日本医事新報社 発行
B5
判 、 552頁、 2色刷 201510
定価8,640円 (本体8,000+税)
ISBN 978-4-7849-4368-5





実は私の手は温かくて、高齢者と握手したり身体に触れると、「暖かいね」と言って喜ばれるのです。このことを教えてくれたのは、アルツハイマー型認知症の初期にあった高齢者の背中に手を当てて、徘徊の付き合いをしていた時でした。
介護には「タクティールケア」という身体に手を当てる方法があるのですが、身体の温もりを感じるようにすることは、優しい言葉による語りと同じように大切なことだと思っています。

「患者と握手をすること」 これは多分、「よく来てくれましたね」、「認知症のことを教えてくれてありがとう」であり、「お大事に。また来てね」ということなのだろうと思いました。

「Ⅱ 各論」 では、認知症の各タイプを以下のように分類して治療法を示しています。
  01 アセチルコリン欠乏病
  02 ドパミン・アセチルコリン欠乏病
  03 ドパミン過剰病
  04 ドパミン動揺・アセチルコリン欠乏病
  05 小脳疾患
  06 treatable dementia
  07 高齢者に多い認知度の低い認知症
  08 神経連絡不全病
  09 認知症の原因となるその他の疾患


この分類は章立て(構成)として、一見すると奇異な感じだと思いました。けれど、本書を読み進めるうちに極めて自然で妥当性のある組み立てであると解りました。
CT画像診断にみられる脳萎縮にのみ基盤を置く従前の理解と分類では認知症を語ることはできません。脳萎縮は軽微ながらも認知症である患者もいるのです。

脳の器質的能力低下による、神経伝達物質のインバランス状態が引き起こす症状が認知症。従って、このインバランス状態を適切な状態に戻すのが、対症療法のコウノメソッドなのです。
「アセチルコリン仮説」、「ドーパミン仮説」などと「仮説」として、病態が理解され様々な薬が開発されています。仮説に基づいて開発された薬、仮説に基づいて理解される病態と言えども、適切な処方量によって記憶力は改善されます。これは、エビデンスとして認められていることです。

あるセミナーで、「コウノメソッドにエビデンスはあるのか?」と、訊かれたのですが、それに対する河野医師の回答は「ありません」と潔く単純明解でした。初めに診断ありきとする他科の診療とは異なり、症状改善を第一に治療する方法論にも、質問に立った医師には懐疑的であったようです。(この質疑で、長々と持論が述べられたのですが、省略。)
多分、医師なら誰しも疑問に思い、あるいは訝しがることでしょう。けれど、認知症治療はEBMだけでは到底論じ尽くすことはできません。NBMの視点が重要不可欠です。

本書では、各種神経伝達物質のインバランス状態をベースに、ATDDLBFTDVDなど認知症の症状とその治療方法が具体的に述べられています。一般的にこの種の本では、薬剤名を一般名のみで記したものが多いのですが、一般名と共に製品名とその処方量を併記しており、分かり易いです。更には、サプリメントも製品名が記されて薬剤と同様に扱われています。サプリメント(フェルガード、プロルベインなど)を具体的に記していることもまたこの本の特長です。

参考文献も記されているのは当たり前のことなのですが、「○○症状には△△が有効との報告もある」、あるいは「治療法はない」とする記述がないことも本書の特長と言ってもよいでしょう。これは、治療経験に乏しいながらも文献ばかりを拠り所に執筆している人たちとは明らかに異なるものです。
ガイドラインとの比較が適切であるかどうかは分かりませんが、ガイドラインには「○○症状には△△が有効との報告もある」 と記して、その結果が載っていないこともあり「消化不良」をおこすこともあるのですが、本書ではその消化不良を起こすことはありません。 

「唯一人間の脳を触ることの出来る脳神経外科医は、最も謙虚な医師でなければならない」
これはある脳神経外科医の先生に教えていただいたのですが、このことは認知症という脳内神経伝達物質のインバランス状態を、手術ではなく薬物によって触る医師にも当てはまることだろうと思います。
謙虚であることは何も医師に限ったことではなく、人として備えるべき資質です。
  
初回はアンダーラインを引くことなく読み進めたのですが、2回目はアンダーラインを引いて読み進めていますが、早速アンダーラインだらけとなってしまい何だか本を汚しているみたいです。


この本はさすがに、「医師ではないコメディカルも読みましょう」と薦めるには高価な本なのですが、一読の価値はあります。




2016/01/06

薬のやめどきを忘れた愚の骨頂症例

一般社団法人 抗認知症薬の適量処方を実現する会」が、第1回 特別セミナーとして「認知症の在宅医療のコツ」を開催することになりました。詳しくはこちら→



こういう啓蒙活動を地道に続けていくしか、現在の不適切な認知症医療を変えていくしかないのが実情。実に嘆かわしい現実です。


抗認知症のやめどきを知らない哀れな症例

Tさんは寝たきりで、入浴の時だけ離床します。初めて会った時は既に寝たきりだったのですが、当時はまだ食事の時にも離床していました。寝たきりで静かなのですが、恐らくアルツハイマー型認知症(ATD)でしょう。何故そのように鑑別(推定)するかというと、レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症を思わせる症状がなく、つかみ所のないのが特徴だからです。

まだいくらかしゃべることができていた時、食事介助すると、「いらんことするな!腐れじじぃ~!」と小声で言ってスプーンを噛んだのでした。「易怒」なのだろうと思いました。
それから数年後、アリセプト(5mg)が処方されていることを知りました。私は主治医に、[もう必要ないですよ]と、助言しておきました。

それから数年後の最近、まだアリセプトが続いていたので、看護師に「いくらなんでも、もう要らないでしょう」と伝えました。すると看護師は自嘲気味に、「いや、しゃべりだすかもしれない・・・」と言うのです。たぶん、主治医に上申できないのでしょう。
医療界の慣習だかルールだか知らないですが、看護師は医師に困っていることは上申できるが、薬のことにまで口出しできないらしいようです。(遠慮なんかいるものか!)

現在、食事に時間がかかる上に、食べる量も減ってきています。アリセプトをやめたら、いくらかは食べられるようになるかもしれません。そもそも、こういう状態では服用する意味などないのです。もはや「薬」ではなく、「毒」と言ってもいいでしょう。
まったくの医療費無駄遣いであり、薬のやめどきさえも逸してしまった愚の骨頂症例です。


現代書林刊
アルツハイマー型認知症末期ともなると(ピュアなATDだという保証はない)、回復など見込めるはずもなく、「平穏死」を待つより他にないです。

「薬のやめどき」 それはいつ誰が判断するのか? 
医者以上に、介護者に委ねられた責任なのかもしれません。

2016/01/02

認知症医療新時代に期待




巷に溢れる認知症関連情報。書籍、テレビ番組、ネット情報・・・ どれだけ有効・有益であるのか、疑問は尽きないです。インターネット社会の今日、膨大な情報の中から、認知症患者・家族の方々が真に役立つ情報を得て適切な認知症医療に辿り着きますように。


認知症医療は、エビデンスに固執している限り進展しない。素人にも解る現実です。患者ひとりひとりのナラティブに寄り添い、各々に最適化された治療が受けられますように。




『認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?』
出版記念講演会&サイン会開催のお知らせ



『認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?』


 『認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?』出版記念として長尾和宏さんによる講演会&サイン会を開催いたします。

【日時】2016117日(日)午後3時~
【場所】ブックファースト新宿店地下2Fゾーンイベントスペース
【参加条件】
対象書籍ご購入の際にイベント参加ご希望の旨、お申し出ください。
先着で整理券をお渡しいたします。
サイン会当日、整理券と対象書籍をお忘れなき様、ご注意ください。 
【対象書籍】
認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?
(現代書林刊/本体1,400+税)
【定員】先着30名様 
 
現代書林刊の社長さんから頂いた年賀状に直筆で、「『認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?』の本を1冊でも多くの読者に届けるため頑張ります」と記されておりました。こういう企画を開催することも念頭にあったのでしょう。

私の親戚のおばあちゃんは、アリセプト投与が元で食べられなくなり、経管栄養となって「早い死」を迎えてしまいました。『認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか?』ってことは本当だと思います。

大学病院、大病院、療養型病院と、医療連携があったのですが、いずれも有効な手立て(認知症の薬をやめること)を講じることができなかったのです。
彼女は不定愁訴のためドクターショッピングを繰り返し、内科的にどこにも異常がないことは明らかでしたから、末期の顔は艶やかで生き生きとしておりましたし、最期まで私のことをちゃんと覚えていてくれました。


認知症バブル 抗認知症の過剰投与を推奨する製薬会社、これらの営業活動を助長する大学病院医師、学会などが得る利益の総称のこと。認知症バブルの最大の恩恵を享受しているのは認知症医療村の人々だけ。かつてあった我が国のバブル経済で一般人はその恩恵に浴することはなかったです。「バブル」なのでいずれは崩壊する日が来るのですが、その前に日本経済が破綻しないように祈りたい。