2016/03/28

介護施設崩壊を阻止できるのか?


不平に不満、そしてため息。「創造的」、「生産的」というポジティブな言葉とは無縁であるかのように思えるのが介護の現場です。特に要介護度が増す程、その傾向にあります。次から次に新しく介護職員が入っては辞めていく。派遣で来ていただいても、契約を更新することなく去っていく。特に、「有能でいい人だ」と思うような人が去っていく(だから、私は去ることなく残っている)。


施設入所者への身体的虐待こそないものの、残念ながら、不適切な言葉遣いによる虐待(?)があるのは事実ですし、それ以上に介護職員虐待は恒常化しているのです。


ただ、お世話するだけで済む時代ではない

現在と異なり、老人が6070歳代で天寿をまっとうしていた時代であれば、認知症患者は少なく正常加齢範囲かせいぜい軽度認知障害(MCI)くらいだったことでしょう。認知症患者が約9割(特養の場合)ともなると、認知症への適切な対応能力がより一層重要となります。



接遇や介護技能だけでは足りず、非薬物療法を第一とする従来の考え方では対処することは困難です。介護で困る状態にある入所者の存在は、他の入居者にとっても迷惑な存在でもあります。本来ならば受けられるであろう手厚い介護の機会を、その迷惑な人たちが奪っているというのが現実です。

食事、排泄、入浴、睡眠は、昔も今も変わらない生活の根幹であり、必要最低限の「お世話の内容」です。高齢化に伴い、これらのお世話に認知症が常につきまとうことが昔とは異なる介護の大変さなのです。認知症が社会問題化する以前は、呆ける前に天寿をまっとうするのが普通のことだったのです。

「ご迷惑をかけてすみません・・・」と言って下さる人も中にはいます。そういう人には、「迷惑ではありませんよ。人の助けを借りて生きることは当たり前のことなのですよ」と言うようにしています。


「手助け」が「迷惑」に変わるのは、認知症の周辺症状が元となって、介護者がストレスに感じる程の時間と労力を強いられることにあります。中核症状である記憶機能の障害は、実はあまり直接の原因ではないのです。



何が一番必要なのか・・・


それは、認知症を治せる医者。とは言っても、「認知症は医者の力だけでは治せない」ということは、様々な症状を呈する認知症患者(施設入居者)をつぶさに観ていると分かります。やはり、患者(入居者)個々の様子というのは、現場が一番良く把握しているのですが、それが必ずしも医者には伝わってはいません。このことが災いして、より一層困難な状況をつくりだしてしまっています。

 ・入居前に処方されていた薬が不適切である
 ・入居前の診断が不適切である

こういうことはよく見かけることです。入居時にはレビー小体型認知症(DLB)だとみていた人がレビーピックコンプレックス(LPC)となり、約2年後にはPSPSかもしれないと、症状が変化してくることもあるのです。それぞれのステージ(症状の変化・移行)で介護上困ることはあるのですが、何より問題なのは医療的介入がまったくないまま野放しになっていることです。

何故このようになっているのかと言うと、
 ・現場では見ているが、「こういう人をお世話するのが介護だ」と思っている
 ・有効な治療方法があることを知らない
 ・医者との橋渡し役を担う看護師が理解していない

というお粗末な認知症リテラシーが災いしているのです。




認知症急増の時代。きれいな部屋、おいしい食事、楽しいレクレーションの提供だけでは、もはや他と何の違いも特色もない、ただのありふれた介護施設であり、職員の出入り(入職と退職)だけが盛んな施設なのです。


2016/03/17

第2回認知症治療研究会参加

第2回認知症治療研究会、開催される





日々疲弊するだけの日常を離れ、2泊3日で第2回認知症治療研究会(313)に行ってきました。テレビやインターネットでしか見たことのないパシフィコ横浜は凄い! 「こりゃぁ~、国内外の学会が開催されるにふさわしい施設だわぁ~!」 ただの田舎者の「おのぼりさん」の感想です。

「異業種交流」とか、「異業種連携」というのは、産業界ではよくある話しで特に珍しいことではありません。医療と介護の連携、チーム医療とかチームケアの必要性が広く叫ばれて久しいのですが、ケアを基軸に見てみると名ばかりで、ケアは末端に位置して置き去りにされているようにも思えます。これが認知症医療の現実なのです。だから、人手不足もあって、いつも介護現場は大変なのです。もはや、崩壊寸前の危機的状況

そういった現状に一石を投じる演題が、第2回認知症治療研究会にありました。「現在の認知症医療とケアでみえてきたコウノメソッド実践看護師の役割」です。
ベテラン看護師によって、ある介護付き有料老人ホームでの成功事例と問題提起がなされていました。現実問題として、看護師の認知症に関する知識は不足しています。そういうこに加え、現在の不適切な認知症医療(従って、医師)についても言及し、集まった数100名の医師を前に堂々と講演されました。




実に天晴れなことですが、こういう発表を許す研究会もまた懐が深いです。因みに、この研究会は製薬会社の協賛がありませんので、薬の副作用についても遠慮無く発表されます。
認知症の治療は専ら記憶機能低下などの中核症状に主眼が置かれていますが、認知症の治療ではむしろ周辺症状をターゲットとする治療が介護者には喜ばれます。このことについても、この演題では触れています。



参加者に配布された「第2回認知症治療研究会 プログラム・抄録集」(p.151N.1920)では重要なメッセージが記されているのですが、字が小さくて読みづらいので以下に転記します。(老眼の私には読めない)

コウノメソッドで認知症を学べば、医師でなくても85%の精度で認知症を鑑別できると河野医師は述べています。実際、その通りのことを私は実感しています。
そこで見えてくるのが、「医者はちゃんと患者を治療していない」ということです。
その結果、介護現場はただその不適切な治療の後始末をさせられているのだということです。そして、ほとんどの介護スタッフ(看護師、ケアマネージャも含む)は、そのことに気付いていないということです。ある意味、哀れなものです。

中でも大変なのが前頭側頭型認知症(ピック病)、陽性症状の強いレビー小体型認知症の入居者とショートステイ利用者のお世話なのです。日中の職員配置が多い時も、夜間の少ない職員の時も、これらの方々のお世話で疲弊するだけの介護現場です。

施設入居者であれば、入居受入時に診断と処方されている薬剤をチェックして、不適切な時には是正することができれば、それだけで入所前よりも穏やかになって平穏に暮らしていけると思います。ショートステイ利用でも、滞在中に認知症の鑑別は可能です。

「この入所者、症状が進行(悪化)してきたね」ということは、介護職が一番気付きやすいです。入所者に最も近くに居て、いつも様子を見守っているからです。
介護で困る状態にある入所者の存在は、他の入所者にとっても迷惑な存在でもあります。本来ならば受けられるであろう手厚い介護の機会を、その迷惑な人たちが奪っているという事実があります。

介護はサービスなのですから、できるだけ高品質でありたいものです。
高い品質を維持するためにも、より良い治療につなぐ体制を施設毎に整備しておくことは極めて重要であるといつも痛切に感じています。

接遇や介護技能だけでなく、実践的で正しい認知症教育を施設スタッフが受けられる教育システムを有する企業は世の中で評価され、競争が厳しい介護業界で成長を遂げるものと期待しています。
認知症急増の時代。きれいな部屋、おいしい食事、楽しいレクレーションの提供だけでは、他社と何の違いも特色もない、ただのありふれた介護施設なのです。

実用的・実践的演題がいっぱい
当日は以下の豊富な内容の講演がありました。医師のみならず、一般の方々も参加して認知症治療のお話しを聴くことができ、充実した研究会でした。



来年もまたパシフィコ横浜でお会いしましょう

2017226()の次回開催が決定しており、演題も既に素案が決まっています。今からワクワクしています。

この認知症オタク系介護福祉士のオッサン、帰りに羽田空港で迷子になり、搭乗手続きでそれに気付いた田舎っぺです。(写真は昨年の研究会にて)

お声をおかけ下さいました方々、ありがとうございました。そして何より、「縁の下の力持ち」の事務局の皆様、ありがとうございました。


2016/03/06

介護現場で気付くCBS

現在のところ原因不明であり、根本的治療方法はないとされてはいても現実問題として介護しなければならない要介護者に大脳皮質基底核変性症候群(CBS)を罹患している人がいます。

統計上は希(1万人に数人)のようですが、実際は決して無視できるような頻度ではなく、介護施設では’身近な存在’として理解しておきたいです。


我が国の難病のひとつに指定されているCBSなのですが、製薬会社が製品を持たず、従って治療方法がないことから大きく注目されることもないためあまり知られていないだけなのだと思われます。進行性核上性麻痺(PSP)と大脳皮質基底核変性症(CBD)は鑑別が難しいようで、これらをまとめて大脳皮質基底核変性症候群(CBS)と称するようになってきているようです。


介護現場で気付くCBS

CBSは生前に確定診断することはできません。死後に病理検査してみないと確定することはできませんが、それでは患者本人や介護者にとって確定診断は何の意味も持ちません。それでも、症状を見て「CBSかもしれないね」という根拠を掴み、現在の治療技術で対処可能な治療につなぐことは意義があります。

現在可能な対症療法
グルタチオン点滴、フェルガード、リバスタッチ

患者本人のメリット
 ・口から食べられる(経管栄養の回避)
 ・自力でできることの維持、あるいは増加
 ・自分の意思(希望)を伝えるコミュニケーション能力の維持

介護者のメリット
 ・食事介助時間の短縮
 ・移乗や更衣などの介助時に受ける過重負荷の軽減
 ・入院を機に退去することなくお世話を継続できる


第一印象
施設入所者を初めて見たときの印象は、「あら、まだ若いのに寝たきりなのですね」ということです。これは全症例に共通することです(特養の場合)60歳後半から80歳前半で、寝たきりの全介助です。車椅子はリクライニング式を利用します。じっとしていて動きませんし、上肢が曲がったままであったり、無言・無表情で極めておとなしいですがら、脳卒中後遺症の麻痺とアパシーのある患者かと思ってしまいます。

食事介助
食事は嚥下障害があることから刻み食かペースト食です。お茶も当然トロミがつけられています。食事介助では誤嚥に十分気をつけるのですが、嚥下(飲み込む動作)が極めて遅いです。口腔内にため込んでいる時間が長く、時には噛む必要がないにもかかわらず噛み続けます。たまにタイミングが合わないと、プッと吐き出したりします。

更衣介助・排泄介助
PSPの場合、頸部は後屈して固くなっていますし、全身が鉛のように固いです(鉛管様筋固宿)。脳卒中後遺症による固宿ではいくら力を入れても麻痺した腕は動かせないですが、PSPでは固いながらもゆっくりと動かすことができます。
左右両方の腕がこのように鉛管様筋固宿していますが、いくらか左右差があります。また、片方は真っ直ぐ伸ばしているのに片方は曲げたままの状態です。
この‘鉛の様に固いという感触は、’更衣介助をしている介護者であれば誰でも気付けるポイントです。自発的に身体を動かすことはありません(無動)から、更衣介助に協力する動きはありません。また、ベッド上での排泄介助(オムツ交換)に協力することも抵抗することもありません。

顔は、年齢の割に色艶がいいとか、シワが少ない印象を受けます。目は開けていることが多いです。眼球が左右には比較的動くのですが、上下方向には動きません。症状が進行すると、上下左右方向とも動かず、常に同じ方向だけを見ている人もいます。指を顔の前に近づけて、「指を見てください。右、左、・・・」と言って、視線の動きを調べてみるとよいです。左右の方向には割とよく動くのですが、上下方向にはまったくと言っていいほど動きません。

コミュニケーション
「調子は如何ですか?」とか、「食事に行きませんか?」と声をかけても返事をすることは希です。せいぜい、頷いて同意するくらいです。たまに、少し間をおいて「はい」と言うこともあります。言葉の一音一音は明瞭ではありませんが、レビー小体型認知症(DLB)に比べると大きな声を出すようです。
しゃべれないから認知症、反応がないから認知症。なので、なにも理解できない、分からない、感じない、という認識は介護者としては捨てるべき態度であろうと思います。ただコミュニケーション能力がないだけであって、喜怒哀楽をちゃんと感じているのかもしれません。

対応
こうしてみると、実はCBS患者(施設利用者)は案外普通に居るのです。残念ながら、医療機関ですら診断できていません。特に精神科医療機関での入院を経て施設入所となったケースでは、単に「認知症」、あるいは「アルツハイマー型認知症(ATD)」とされています。即ち、正診率0%です。

その結果どうなるのかというと、介護現場で負担を負うだけであり、嚥下障害から入院。そして、施設退去でもってお世話を終えるだけという虚しい顛末を迎えるのです。天寿まっとうの最期までお世話した症例は1件もありません。

「医療情報提供書を鵜呑みにするな」 これは、認知症に関する限り言える鉄則です。家族にしてみれば、施設に入れたから安心だと思うのは幻想に過ぎず、ただ単に介護負担を移譲しただけなのです。
受け入れた施設では介護保険法に則り、介護計画(介護プラン)を立てることになるのですが、どんなに時間と労力を費やして立派な計画書を書き上げたとしても何の役にも立ちません。美辞麗句を並べたに過ぎないのです。

先に記したようなことから、「CBSかもしれないですね。ならば、こういう対症療法がありますが・・・」と、家族に説明してみることが何より必要なことです。

人手不足が深刻な事態に陥っている介護現場の現実を見ると、食事介助に人手と時間を要する疾患はできるだけ薬物治療で症状を改善することが従前にも増して必要不可欠なのです。