2016/06/18

ガイドラインの行方

科学的根拠のことをエビデンスという。エビデンスは、医療行為において治療法を選択する際「確率的な情報」として、少しでも多くの患者にとって安全で効果のある治療方法を選ぶ際に指針として利用される。他の治療法と比べて最も効果のある治療法を選択する際の基準選に利用される。






このエビデンスに製薬会社の思惑が隠れていたらどうなるのだろうか? 研究者の思慮としがらみ、学会組織のご都合が絡んでいるとしたらどうなるのだろうか?


深読みすると、表向きの構造とウラの構造が織りなす際限なき権威への不信感が生まれてきます。「広く意見を求めます」という姿勢だけは敬服するのですが、果たしてどれだけの実用性のある指針を示せるのか? 

 ■かかりつけ医のための BPSD に対応する向精神薬使用ガイドラインPDFファイル)
 ■1回パブリックコメント回答について (PDFファイル)

2016/06/15

認知症を学ぶコツ(1)

認知症を学ぶにはできるだけたくさんの症例をみることです。「みる」は医師であれば「診る」ですし、医師でなければ「観る」ことです。高齢化が進み、単一の認知症だけでは説明しきれない症例も多々ありますし、患者の数だけ症状があると言っても過言ではありません。

それでも、下図にある種類の認知症はしっかりと学んでおきたいです。これで概ね、介護現場で遭遇する認知症は説明がつきます(鑑別できます)


アルツハイマー型認知症(ATD)が認知症全体の40%程度を占めているからといって、ATDのことを一番先に学ぼうとするとうまくいかないでしょう。前頭側頭型認知症(FTD)とレビー小体型認知症(DLB)のことをしっかりと学ぶことが重要です。
ここから更に理解を深めるよう、前頭側頭葉変性症(FTLD)、ピックコンプレックス、レビー・ピックコンプレックス(LPC)症候群と広く深く掘り下げていきます。これらをきちんと理解することで、ATDも見えてくるようになります。(実はATDだけの本を1冊も持っていないし、ATDに焦点を絞った学習をしたこともないです。)

それからもうひとつ重要なポイント。認知症は、常に薬との関係をベースにみることです。決してあきらめないで、絶望を希望に変える治療を患者家族が求め続けることです。
「歳のせいですから」とか、「症状が進行したのですから」という説明を鵜呑みにせず、薬の副作用を疑ってかかることです。これができない患者家族、施設介護者(看護師も含む)が実に多いです。

少しばかり不思議なのですが、セミナーで講師の話しを聴く。限られた時間ですべてを説明し尽くすことはできないのですが、聴いて理解するというプロセスは優れた書物を読んで理解すること以上にピンと来ることも多々あるものです。

ということで、セミナーのご案内。


2016/06/05

読書百遍

この本は読むたびに、「重要だ、覚えておきたい!」と思って引く行数が次第に増えていきます。読むたびに、「初めて知った!」と新鮮な感覚さえ覚えます。これは前回読んだ時にしっかりと覚えていなかっただけの場合もあります。また、多彩な症状やその変化を観ていくうちに、新たな発見や気付きと本文の解説とが合致していることに気付くからでもあります。

1回目は線を引かずに通読
2回目は水色で線を引きながら精読
3回目は緑色で線を引きながら精読





ある意味、幸いなのは、ATDDLBFTDLPCなど各種の認知症を同時にずっと連続して見続けることができる状況にあり、「あっ、そうだね!」とピンとくる経験が理解を深めるのです。そして、「ピックぽいよね」というどことなく感じる第一印象を持つ能力を体得することは重要であることに気付きます。

そして気付いた現実。



介護施設においては、「ここ(施設)は医療機関ではない」という言い訳で、進行する認知症が野放しにされている一方、褥創ができる初期の段階から注意深く対応する、発熱が続けば病院受診するということが当たり前のこととして行われています。ある意味、認知症は置き去りにされています。

何故このようになってしまったのか? 答えは深刻で、「認知症を理解していないから」なのです。一般に言われる「第一選択肢=非薬物療法」、「第二選択肢=薬物療法」という対処が適切なのは認知症の初期段階かごく一部のことであり、症状が進行するに従い適切な薬の力を借りて進行を抑えるとか、困った周辺症状を抑えて介護負担を軽減することがどうしても必要となってきます。

2016/06/02

認知症医療の縮図

もし仮に、「この人は進行性核上性麻痺症候群(PSPS)かもしれない」と施設職員が気付いたとしたら、その後どのように進展するのだろうか? 現実は非常に厳しいです。

看護師に言ってみる。PSPSを知らないのですから聞く耳(知識と問題意識)を持ちません。
家族に直接説明する。説明責任を果たすという意味では正しいのですが、その後適切な治療に繋げること自体が大変です。相談・受診先が限られている上、「誰が言ったのか!?」ということで施設運用形式の理由から個人ではどうすることもできなくなります。

「ケアプラン」に集約される介護の要の一端を担うはずのケアマネージャーを巻き込んだ行動に持っていきたいところですが、看護師同様に知識がないためコトが動き出すことはありません。「ここは医療機関ではない!」と反駁されるのが関の山でしょう。


どうすることもできないのが現状です。医療から介護までトータルでお世話してもらえる、などという期待が医療・介護施設群に対して家族にあるのなら、それは買いかぶりの「妄想」です。お世話はたしかにしてもらえますが、ただそれだけのことです。深刻なのは、治療機会さえも奪われていることがあるのです。だから、「ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!」ということになります。

このブログのある読者から、施設内での発表会があり、抗認知症薬を減らすことで認知症の周辺症状は改善できるという主旨の発表をしたが医師等の反応はなく、期待したリアクションはなかったと、知らせてくれました。「やはり、何処も同じか・・・!」

6月1日、厚労省は抗認知症薬の少量処方容認を、各都道府県の国民健康保険団体連合会(国保連)の中央会と社会保険診療報酬支払基金宛てに通達しました。これで認知症医療問題のいくらかは解決できるスタートラインを一歩踏み出したと言えるでしょう。


認知症医療問題というのは、抗認知症薬の少量処方がこれまで認められていなかったということだけには留まりません。このページ冒頭にあるように、組織的構造欠陥として医療と介護は事実上乖離しており、連携にはまだまだ程遠いのです。

「連携」といえば耳障りは良いのですが、「無責任」の連鎖です。施設嘱託医、看護師、理学療法士、作業療法士、介護福祉士、資格はもっていない介護職員/スタッフ、それぞれに職務を遂行してはいるでしょう。それが医療施設・介護施設という組織化された集団となると、必ずしも真に認知症患者/施設入所者にとって適切と言える対応ができているとは言い難いところもあるのです。


抗認知症薬を規定通りに使う医療機関とそれに気付かない介護施設に問題があるのですが、向精神薬を適切に使わず、いたずらに介護負担だけを憎悪させていることにも問題があります。




やっと厚労省が通達を出した(2016/6/1)。しかし、高齢者の認知症介護対策は山積しており、「認知症医療・介護改革」はまだまだスタートラインを一歩踏み出しただけに過ぎないのです。